時流の読みに抜けていたこと | 3年前のしこうの楽しみ

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時流を先読みすることは重要だとよく言われるかもしれません。
先日その話題になりました。
といってもこの時は漠然とした内容ではありませんでした。

具体的にどのようになっていくととらえているかをシェアすることになったのでした。
今後マクロな社会環境がどう変化していくと思うかということでした。
それを踏まえて自分が考えている対応も付随していました。

つまり机上の空論ではなく日常生活に結びついた先見性という様子でした。
グラウンディングした状態での客観的予測とも言えるかもしれません。
ただその場に数名いたのですがピンときていない人もいるようでした。

そんなこともあり自分がそれなりに多くの時間話すことになりました。
セミナーや勉強会以外では珍しいことです。
といってもあまり話したことのない内容だったのかもしれません。

頭の中だけで固まってしまっていたのでしょう。
表現することで新たな発見がありました。
どことなくほぐれて情報が広がったような体感覚を伴いました。

端的に言うなら心の時代がくるということですがタイムスパンが存在していなかったのです。
何となく遠くない未来くらいの感覚でした。
あえて言うならIT成熟期ののちくらいの漠然としたものだということが明確になりました。

そのためこの未来がふらついていたのかもしれません。
とはいえこれでも問題はないでしょう。
しかしより時流に合った活動をするには不足でしょう。

これではいつくらいにどういう施策に向かうのかがデザインできません。
ひとつ言えることは自分が思っていたよりも早くは来ないという実感があるということです。
ひとまずこの段階で急ぐ必要がないことが腑に落ちました。

どこか社会のスピード感に翻弄され気味だったのかもしれません。
その影響がはずれてより腰を据えて積み上げる方針にフィックスされました。
これは小さな変化のように見えますが効果はそうではないかもしれません。

少なくとも生きる軸の安定感を高めてくれそうです。
ということでより着実に地層が積み重なっていくような状況で進んでいきたいと思います。
同時にタイムスパンも意識して明確にしていきたいものです。

単純に表現方法が増えることは望ましいことだと受け取ったのでした。

谷 孝祐
2016.6.8 18:08