純粋な疑問と仮説がもたらすもの | 3年前のしこうの楽しみ

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つい最近のことです。
なかなか面白い話を聞きました。
すでにご存知かもしれませんが、マヤ文明の新しい遺跡が発見されたとのことです。

しかも、その立役者はカナダの少年らしいです。
聞きかじりなのでその真偽はともかく、このプロセスから得るものがありました。
そもそもの出発点は、なぜ川辺や海辺ではない山の中に遺跡が点在しているのかというところからだったそうです。

この疑問の前提は、多くの文明が農耕や移動に便利な水辺に発達したのになぜマヤはそうではなかったのかというように言い換えることもできるでしょう。
当たり前といえばそうですが、なかなか気づけない問いだったのかもしれません。
なぜならマヤ文明とはそういうものだという先入観から入ってしまいがちだからです。

大人になって知識が増えると、こういったシンプルな疑問を持ちにくくなるのでしょう。
また、どうしても思考のフレームを小さくしがちだということもあるかもしれません。
マヤ文明のことを考えるときにその内側を子細にとらえようとすることは多いものの、地球規模のマクロな視点から比較することは少ないかもしれないということです。

これには近視眼的になりやすい人間の性質が関係していることでしょう。
ただ本来は両方のフレームを同時に持てることが理想でしょう。
どちらかに偏ることなく森を見つつその中の部分である葉の葉脈まで認識するというイメージを持ちたいものです。

これはなかなか難しいことでしょうが、意識して身につけていきたいと思います。
といってもそれだけでは発見にはつながりません。
今回はその答えとなる仮説が良かったようです。

地図を眺めていた直感的に気づいたのでしょうか。
それはマヤの都市は星座になぞらえて置かれたのではないかというものでした。
確かにその文化からすれば信憑性もなくはないでしょう。

ここでも既成概念とは異なる角度から見ることの必要性が感じられます。
そして、実際に専門機関が調査したところ新たな遺跡が見つかったらしいです。
これは、なかなか興味深い流れです。

この話からあらためて純粋に知ろうとすることの意義とともに、相手の立場にとらわれずに話を聞き入れてみることの大切さが伝わってきます。
ひとまず、ナチュラルな疑問をシンプルに抱き、話を聞き入れられる感覚を維持したいものです。

谷 孝祐
2016.5.14 18:02

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