歌い方からみる前提条件 | 3年前のしこうの楽しみ

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カラオケトラウマの解消がきっかけになったのでしょうか。
その4日後にカラオケに誘われました。
もちろん会った目的は別の用事だったのでまずはそれを済ませることを優先しました。

ただ思ったよりもすんなりと終えられて時間の余裕ができました。
ということで少しだけ付き合うことになったのでした。
こんなに短期間で再び行くことも珍しいことです。

お相手はインディーズでデビューしているセミプロとも言える人でした。
どうやら自分の歌い方をこれからどうしていくのが良いのか暗中模索でヒントが欲しいようでした。
自分のスタイルを確立していくのに刺激が欲しいというところだったのかもしれません。

そんなわけで前回同様に最初はメールチェックをしながら聞いているという状況でした。
ただ何となく気になる部分があっていまいち仕事に集中できなかったのでしょう。
量の割には時間がかかってしまいました。

その間も悩んでいる様子は伝わってきました。
一通り済ませたいことを終えて自分も歌い始めました。
この前と同じ感じでラフに気楽に曲を扱っている感じでした。

そして一曲歌い終えた時のことでした。
発声について議論になったのです。
またそれと歌の上手さの関係にも発展していきました。

そこで面白いポイントが浮かび上がってきました。
業界的な価値観からいうと音程があっているかどうかよりもコンスタントに同じ発声で歌い通せる方が上手に聞こえるとのことでした。
しかし個人的な感覚としては音程が外れているのにそのまま同じ発声を続けられたら目も当てられない印象です。

ズレていることを認識してしまったらどうリカバリーしつつ表現するかという方向へ意識が向かうのが自然だという感覚なのです。
つまり音程が合っていることが基本でありミスがあればそれをどう生かしていくかというところに上手さがあるというわけです。
そこには声の出し方のバリエーションを適宜使い分けるという意味合いが内在します。

そしてこの立ち位置のギャップは面白いものだと思いました。
なぜならさらに話を深めていく中でその前提が大幅に異なることが見てとれたためです。
何よりもコンスタントさに価値観があるということはその裏に不安定さがあるわけです。

不安定が前提だからこそ絶対的に安定を感じられるところに上手さがあるわけです。
一方で自分の感覚は安定しているのが前提で崩れても影響を受けないというところに良さを見出しているということです。
そこに味や個性が滲み出てきて素晴らしい表現が生まれるとも思います。

ある意味どれだけ自分らしく崩せるかところに上手さがあるということです。
これがわかったところであえて両者を折衷した間の歌い方をしてみました。
自分としてはのんべんだらりと音を並べていく中に軽くスパイス程度に変化をつけただけのような表現でしたが、相手には聞きやすいと好評でした。

そこでニュアンス付けや変化の幅の大きさを出すことは伝わりにくいのだということが知覚できました。
もし相手から評価されたいのならその価値観のポイントをおさえることが重要だと感じつつ、きっとスキー検定でも同じように評価者に理解されにくいことをやっていたのだろうということが推測できたのでした。

谷 孝祐
2016.3.12 23:12

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