希望と裏返しの不安 | 3年前のしこうの楽しみ

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とある会話から意外な事実がわかりました。
それは潜在的に生まれる不安についてです。
話題はほぼ確実に実現する予定についてでした。

客観的には懸念するようなことはあまりありません。
そのための準備も着々と進んでいるように見受けられます。
実現しない可能性は想定外のことが起きた場合のみというイメージです。

その想定外は交通事故にあうくらいのものです。
それでも話していると不安が出てきたようでした。
しかもそれは本人も知覚していないものでした。

いうならば全く認識していなかった不安が吹き出してきたという様子でした。
本人の主観において感じないようにしてきたということはありません。
気づかぬうちにいつの間にかできていたという感じです。

それが話の流れで顔をのぞかせたのでしょう。
そんなわけで本人もびっくりしたようでした。
その状態を見てこの意外さにこちらも驚いたという状況でした。

そこでひとまず現状を思考レベルで整理して実現可能性の高さを理解してもらいました。
するとあっさりと不安は消えてなくなったようでした。
想定外なことが起こる懸念も気にならなくなったようでした。

とはいえ個人的にはこんなこともあるものなのだと学びになりました。
少し分析的にみるなら実現したいことへの希望が大きかったと推測されます。
話している様子からそれを適正に感じられていなかったことも予想されます。

そのため潜在的にその希望が膨らんでいったのかもしれません。
ただそれは逆に不安をも助長するものです。
希望が大きくなる過程では不安が呼び水になっていて双方を膨張させる循環を生み出します。

希望とはそもそも実現しないという選択肢が内面的に存在するから生まれるものです。
絶対に実現することにはあえて希望を持たないのです。
そんなわけで実現する希望と同じバランスで実現しないことへの不安が生まれてくるわけです。

そして実際にところ全てのことは実現可能性が高くても実現しない可能性がゼロにはならないという状況があります。
そのため今回のようなことが起きてくるのだと思います。
それは膨らんだ不安に意識が合ってしまって結果的に実現する可能性を下げてしまうということもあるでしょう。

厄介なのはどうしても叶えたいことほどこの構造に陥りやすいということです。
よくよく振り返ると昔は自分もそんな体験があったものだと今さら理解できます
だからこそ放っておいても実現するような希望でもコミットメントが重要なのかもしれません。

そうすることで本当の意味で希望が予定になり不安が入り込みにくくなって実現確定に近づくのでしょう。
この気づきを自分にも対人支援にも生かしていこうと思います。
それにしても希望や期待といったものを本人が適切に感じるのはネガティヴな感情と向き合うことよりも難しいのかもしれないと感じたのでした。

谷 孝祐
2016.2.7 10:33

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