終電に乗るかどうかの選択 | 3年前のしこうの楽しみ

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数日前に大阪から東京に戻る時のことでした。
特に帰りの時間を決めておらず、打ち合わせをしっかりめに行っていると飛行機の最終便には間に合わなくなることが明らかでした。
無理して飛行機にする必要もないので、夕方の時点で新幹線を利用することに決めました。

それでも結局終電の時間になりました。
何度か乗ろうと思っている時間に遅れてしまったことがあるので、かなり早めに駅に到着しました。
20分くらい余裕があったので、もう一本前にぎりぎり乗れそうなくらいでした。

ただ、東京の到着予定時刻は2分しか変わらないので、わざわざ急ぐ気にもなりませんでした。
そうこうしていると、切符を買う前に様々な発想が出てきました。
前回、無意識的に最短ルートで帰ったことの反省も影響したのでしょう。

また、翌日の予定は多少余裕があったので、絶対に帰らなければならないというほどではありませんでした。
こんな流れで丁寧に選択しようと決めました。
帰るのであれば基本的には他の選択肢がない状況だったので、素直に自宅に向かうのかあえてどこかでステイするのかということを思索することになりました。

正直なところ、すぐに着くのであれば帰りたいけれど、2時間強を車内で過ごすのはできれば避けたいという気分でした。
この時点で新幹線にあまり長い時間乗りたいと思わない自分がいることが認識できました。
理由はわからないものの、正確には東海道新幹線が感覚的に駄目なようです。

今までの経験からなぜだか疲れる印象があるのです。
ということでベストな選択はどこか居心地の良いホテルに泊まることのように思いました。
そして様々な場所が思い浮かび、一番しっくりくるイメージに意識がいきました。

しかし、よく考えれば時間が遅いので今さら泊まれる保障もありません。
調べる手間もかかります。
また、頑張って家まで帰る方が翌日は楽でしょう。

実際、少し頑張れば良いだけのことです。
そう思うと、乗車している時間を受け入れられる気がしてきました。
ということで、帰るのが良いという答えが出ました。

それと同時に、どうしたいかという主観よりもどうできるのかという客観的な視点の方が強かったように感じました。
主観が強くなりすぎれば視野が狭くなってパターン化が起きやすい一方で、客観が強くなりすぎれば自分の主体と離れた選択になってしまう可能性が高いことが実感できました。
個人的に、この両軸のバランスをとることの難しさをここまで明確に知覚したのは初めてでした。

自分がどうしたいかという主体性にしっかりつながったまま、広い視野でありとあらゆる選択肢をフラットに挙げられる状態を意識して定着させようと思いました。
結局、何事もなかったかのように終電の切符を買って車中の人となり、思いの外カーブが多く大きな揺れがあることが疲れの原因であることがわかったのでした。
とはいえ、新幹線も終電は乗客の雰囲気が日中とは大きく異なり、それはそれで面白い部分はありました。

谷 孝祐
2015.11.6 17:47

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