今生の印象的な出来事17 | 3年前のしこうの楽しみ

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前回は再び生まれてすぐの頃の話になりましたが、そろそろもとの時系列に戻りたいと思います。
深い記憶の少ない幼稚園の頃ですが、もう一つだけ鮮明に覚えていることがあります。
それは初めて人に好意を持った記憶です。

それはよくある先生に対してのものではなく、同年代へのものでした。
かといって初恋というのには早すぎるでしょう。
なぜなら、その時にいわゆる好きという気持ちがあったかどうかもわからないためです。

今思い返せば恋愛感情と言われるものではなかったことは確かです。
ただ、似たような性質の好意だったような気がします。
特定の他人の存在を初めて意識した経験として印象に残っています。

なので、人によっては初恋の記憶と定義する可能性も感じます。
とはいえ、それはほんの少しの期間のことでした。
相手の顔も名前も覚えていないほどです。

おそらくそこまで一緒に遊んだこともなかったように思います。
そのプロセスは相手主導のものでした。
単純に好きになってもらえただけとも言えるのかもしれません。

それはバレンタインデーにチョコレートをもらったのがきっかけでした。
これは自分にとって想定外のことでした。
おそらく、その風習すら知らなかったのではないでしょうか。

家に帰ってからすぐに、なんでもらったのか母親に尋ねた記憶があります。
そのくらい自分にとっては衝撃的で不可解だったのかもしれません。
しかし、その意味を知ると悪い気はせず、有難い気持ちになった気がします。

そして、親からお返しをする必要があるということを教わり、ホワイトデーに八角形の緑の箱に入ったキャンディーを渡したことを覚えています。
理由は分かりませんが、相手の家まで一人で歩いて行った時の映像を今でも思い出すことができます。
きっとその時になんとも言えない様々な複雑な感情があったのでしょう。

帰り道は大仕事をやり遂げたような達成感とともに、それ以上の親しい人間関係ではないという喪失感のようなものを味わったように思います。
ただ、このように振り返ってみると不思議なもののようにも感じます。
潜在意識で何かが起きていたのでしょうか。

過去生における深い縁のある人だったのでしょうか。
それはなぜだか永遠の別離を象徴していた出来事のように感じます。
客観的にはそこからより親しくなっても良いはずなのに、全くその選択肢はありませんでした。
同時にそれで良かったという実感は今でも疑いようもないくらい鮮明なものです。

今さら当時何が起きていたのかという検証を完全に行うことは困難ですが、単なる記憶として置いておくのではなく意味深い出来事として受け取ってみようと思います。
あえて言うなら、この時の感覚は人類愛のようなものの芽生えだったような気もします。
なぜなら、失礼ながら、それ以前よりも他人を人として認識するようになった感じがするのです。

谷 孝祐
2015.11.5 22:32

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