ほんの数分の大きな差 | 3年前のしこうの楽しみ

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朝7:00過ぎ、予定していたよりも3分遅れて家を出ました。
新幹線に乗るために東京駅に行くためでした。
少し余裕を持っていたので特に問題とは思っていませんでした。

しかし、想像よりも駅まで時間がかかってしまい、乗ろうと思った電車が行ってしまいました。
人の少ない時間帯だったからか、駅前の信号でもかなり待たされたのでした。
それに気づいて走ったのですが、ホームに着いた瞬間に電車のドアが閉まってしまいました。

仕方なく次の電車で向かうことにしましたが、それだと東京駅での乗り継ぎが走らないと間に合わないという状況でした。
といっても、駅構内に人が多くなければ問題ないと推測していました。
しかし、やってきた電車は予定の出発時間に到着するという具合で、ほんの少しだけ遅れていました。

結果的に1分30秒ほど遅れて東京駅に到着しました。
これだと間に合うか微妙なところでしたが、走って新幹線乗り換え口に行きました。
ところが、なんとか間に合ったかと思いきや、乗り換えに慣れない人で自動改札が詰まってしまっていました。

理由は分からないものの、半数以上の人がスムーズに通過できず、係員が理由を説明しているようでした。
そんなに人は多くないものの、団体旅行や帰省の方がほとんどの様子でした。
そして、自分が通過した時点で予定の出発時刻が過ぎてしまいました。

そんなわけで、次の20分後の新幹線に変えてもらおうと窓口にいくと、1時間半後でないと席が空いていないということで、それに変更しました。
その日の予定としては大きな問題はなかったものの、ほんの数分の遅れがここまでの違いを生み出す可能性があるということを体験できたように思います。
家を1分早く出ていれば、駅まで急ぎ足で歩いていれば、電車が時刻通りであれば、そして新幹線乗り換え口が詰まっていなければ、これらの仮定のどれか1つでも満たされていれば間に合っていたのです。

そういう意味では、間に合わなくさせるように何らかの力が働いていたのではないかとも考えられなくはありません。
車や飛行機利用の場合、数分の遅れでどうにもならなくなることはほとんどありませんが、新幹線利用の時はネットの乗り換え案内で調べたよりも余裕を持つ必要があるということを学びました。
それとともに、この事象が自分にとってどのようなメッセージ性があるのか意識を向けてみると、より厳密であることが求められているような気がしたのでした。

時間に縛られない自由な感覚のまま、1分の違いにも配慮できる感性を身につけていきたいものです。

谷 孝祐
2015.8.9 10:05

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