1月22日 香川県から愛媛県の大島に渡りました。
大島は、採掘現場の広さは庵治石の丁場の10倍くらいの広さがあるそうです。
その中に、いくつもの採掘業者さんが入っており、
うちの店に運ばれてくる石を掘っていただいている現場へ向かいました。
現場は、大きな山を すっぽり穴を掘ったようになっていました。
これは、庵治石と同じで、
まわりの石は製品にはならない石だそうで、
そういう原石を掘り出すだけでも、1ヶ月以上の時間がかかるそうで、
そうしていると本当に製品になる原石を掘るのに時間がなくなるため、
使える「良い石」だけを掘り出していくとこういう形になったそうです。
驚いたのは、ここで、掘っていた代表の方は、
ヘルメットも何もなく、一人で山の奥底の部分にバイクで下りていき、
すごい爆音の中で、ひたすら石をバーナーで切っておられたことです。
山の上には、今にも落ちてきそうな石がごろごろしているのに、
ヘルメットも何もかぶらず・・本当に、命がけだと思いました。
長年、原石を掘っていると、石が滑落してくる前触れみたいなものは感じるそうで、
たとえ、気づいたとしても、避けることができるわけではないし、
ヘルメットはかぶっていても意味がないので、かぶらないそうです。
山の底の部分にある、本当に「良い石」を掘り出すために、
一人で降りていく 職人の潔さのような、勇ましさのようなものを感じました。
少し近寄るだけでも、爆音が響き、
ほとんどしゃべる声は聞こえないくらいの騒音です。
近寄れる一番そばまで行きました。
原石は、「良い石」が採りにくい場所にある場合は、遠回りして、まわりの石から
削っていかなければならないですし、
あるかどうか分からないまま、「良い石」を探して堀り続けていかなければならない時もあり、
本当に1つの山に「良い石」が出てくるかどうかは「バクチ」のようなものだと
おっしゃっておられました。
この山の両側には、石があるように見えますが、
この石も使えない石ばかりだそうで、
本当に、もったいないような気がしました。
また、墓石として使える「原石」というのは、なかなか見つからないもので、
見つかったとしても、「ボセイ」がついていたり、「キズ」がついていたりすれば、
その「原石」はハズレということになり、お金にならないということは
本当に、墓石用の石というのは、ごく限られた石だということが分かります。
この仕事の怖さ・迫力・魅力などを知った上で、
息子さんとお二人でされているとお聞きし、
本当に尊敬するばかりでした。
息子さんは、もちろんお父さんの跡を継いでこの仕事を続けていくそうです。
この山にある石すべてが、墓石に使うことができたらいいのに・・と
思ってしまいますが、
やはり、石はこれまでの長い年月をかけて生成された「天然のもの」だからこそ、
どれ1つとっても、同じ石はないし、
同じ場所から採った石でも、同じ顔はしていないということ。
だからこそ、お墓になる石は、唯一無二の石であり、
本当に石丁場の命をかけた仕事の上に成り立っているということに、
感謝しなければならないと感じました。