深層心理学の基礎 -元型の存在を知る 3- | 内閣官房、教授 田中誠一です!

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働き方改革のシリーズからは離れていっているようで、実は近づけているのですが、まず、無意識の世界を知っていただこうというのが狙いです。なぜなら、働き方改革が進められているのはまさに無意識の作用が抑えきれない世の中となってきておりまして、この点を解決しない限り、働き方改革を実行へ移すときに結局は失敗に終わるかもしれません。働き方改革自体はこれまでの皆様方の意見を反映させた改革でありますので、ぜひと成功へ導きたいと思うゆえ、日本国民の皆様方にもご理解とご協力をしていただきたく、論文をしたためております。

 

元型なるものは実際に存在するということは「イメージ」できたかと思います。そうです、私が元型といっているのは、正しくは「元型イメージ」といいまして、「元型」といえば専門的には不正解となります。但し、アーキタイプ(元型)という概念を発見したユングは「元型」と断言する場合もあり、この点が難しいのですが、目に見えないものということで、科学的には「元型イメージ」とするのが正しいとされております。ですから皆様方はイメージできればそれでよいのです。元型の中で最も理解しやすのは「ペルソナ」です。警察官が警察の制服を着ているのは、それは「ペルソナ」です。ファッションに敏感なフランス人やイタリア人が着用している、あのカッコいいスーツなどは、まさに彼らの「ペルソナ」であります。関西人は派手な格好をするとよく言われますが、それは関西人の「ペルソナ」であります。逆に、地味な服装の人や地味な「行動」を意図的に行う人、それがその人の「ペルソナ」です。例えば、服装は地味、化粧もせず、持ち物もブランド物は一切持たず(購入するお金があったとしても)、人前に出るときでも普段着で通す女性がいたとします。それがその人のペルソナであります。その女性はよくしゃべり、自分のやりたいことしか行わず、行動に統一性がありません。さらに、AV男優による女性へのリードの方法を真剣に聞き、感動する・・・この部分はこの女性の影でありますが、このように、ペルソナと影が同時に出てくることもあります。幻覚を見たり無意識が自我を完全に凌駕しているわけではないので、さほど変わったように見えないゆえ、第三者からは「空気が読めない」などと評価される場合が多く、本人はなぜそのような評価となるのか?と苦しむわけです。このような状態を自我肥大といいまして、自我が湧き上がってくる無意識とを「同一視」している状況であります。

 

さて皆様方、前述のような人は身近にいませんか?あの人なんなの?と思うことよくありますよね。それは観察をする主体のコンプレックスからそのように思う場合もあるのですが、前述のように、元型が自我に作用してそのようになっていることがあります。そのような場合、まさにその人を通じて「元型」を見ることができます。これを「投影」といいます。もっぱら投影という概念は少し違た使い方であるのですが、言葉の意味を忠実に捉えると上述のことは投影でよいかと思います。このように投影を通じて元型を知ることはできるのですが、まず、この投影という行動そのものをそれこそ「イメージ」することが難しいかと思います。これは芸術をやる方は簡単に理解できるのですが、芸術に触れたことがない方はかなり高度な技術となります。なぜかといいますと、芸術の世界の基本は「まねる」であるからです。入門者はある基本形をひたすらに「まねる」のです。これを音楽の世界では「カバー」といいます。カバーして原曲に近づけようとします。しかしながら、やればやるほど原曲から遠ざかっていくことに気づきます。その時に感じることは、「やっぱりオリジナル」ということです。原曲から遠ざかるというのはこれまた難しい状況でありますから、マネを突き詰めるとそのような状態になるというくらいでとどめておいていただきたいのですが、大切なことは、この「まねる」ことにより、自分の心の奥底へと入っていくことを自然に行っているわけです。つまり、芸術の世界に触れたことのない人で無意識の世界を知りたい人は、相当な苦痛を伴います。実際、図画工作が苦手な人は、なぜそれが苦手なのか?を考えたことがありますか?それは無意識が自我に接近するからでありまして、その時に自我が無意識を拒否すると、その時点で図画工作が「嫌い!!」となるわけです。学校の音楽の時間もそうです。音楽の授業が嫌いだった人、それはなぜかというと、自我が無意識を拒否しているからであります。まあ、音楽の教科書に掲載される素材は元型の中の元型ですから、自我が非常に強い人にとっての音楽の授業は地獄であるはずです。

 

このように考えますと、私の身の回りには芸術を好きでもないのに元型を知りたいと申し出る人が多いので、少し困っているのですが、元型というのは前述のように、自我からするとものすごく気持ち悪いものなのです。ところが、自我がすんなりと元型を受け入れる場合があります。これが病的になると「拒否」に転じますが・・・これが「アニマ・アニムス」であります。アニマは男性の中の女性性、アニムスはその逆です。例えば、非常に仲の良い夫婦がいたとします。そうするとそのご夫婦の旦那さんのアニマは奥様となります。つまり、奥様を見ると旦那様のアニマが簡単にわかってしまうのです。このように観察してみると、自分が異性をみて惹かれる瞬間があると思います。そしたらその異性がご自分のアニマ、ないしアニムスとなります。どうでしょう、元型なるものは存外身近であると思われませんか?ここまでくれば老賢者もいってみましょうか。自分のアニマやアニムスを体験し、ペルソナと影の存在を十分に理解できた人は次に老賢者の元型を見ることになります。たまに、「この人と話をすると落ち着く」と感じる人がいませんか?人生の全てを「知った」人のように思え、何でも素直に相談できる人・・・そうです、そのような人が老賢者の元型を放っている人であります。このような人はやはり人生でかなりの苦労をし、それを克服している場合が多い人です。薬物を克服した人の話が「深い」と感じることはありませんか?それなどをイメージしていただければよいです。

 

このように、元型とは身近なものでありますが、投影を通じてしか感じることは困難であります。しかしながら、知らない人を見て一瞬にして何の元型が作用している人かを見ることができるようになれば、自分自身の元型を探っていくことができるようになります。例えば、私はライブを行う時にステージから客席を見ながら、元型を引っ張り出し、相手の元型を刺激するという方法を通じてステージを作り上げております。方法としては簡単なことで、着飾っている人が多い会場であるならば、私はお客さんの「影」になればよいだけの話です。つまり、数学が必要になるのは、当日に着飾っている人が何人いて、それがどのくらいの分散をしていて、確立分布図的にどのような偏りを見せているか、さらに、有意義ではない範囲(数の多い部分)をまず見抜くことから始め、最後は有意義な部分を調整して会場を自分のものにしてしまうというやり方であります。但し、常に正規分布のように、お客さんが同じような服装で着飾っているわけではなく、その「程度」を自分なりに数値化できるようにしておかないと元型をどのように出していくのかについての決断を下すことができません。例えば、同じ「派手」でも、裸に近い衣装をまとった「派手」なお客さんが2人、そして高級な着物を着たお客さんが2人の合計4名がいたとすると、さて、どのようにこれを評価すればよいのか?について自分なりの計算式をもつようにしなければなりません。

 

いずれにせよ、元型というものは身近なことで「イメージ」できるものであります。それを「観察」として見ていく力が必要となります。通常、元型イメージを感じると「不快」に思います。ですから無意識となってしまうわけです。ただし、コンプレックスと同一視してはなりません。コンプレックスは主体の問題でありますから、同じ不快感でもコンプレックスからなのか、それとも元型イメージからなのか?についてを見分ける力がついてきたら生きていくのが本当に面白くなるかと思います。

 

次回は元型が及ぼす「面白くない!」と感じてしまう職場での出来事を通じ、さらに元型についての理解を深めていこうと思います。ご高覧、ありがとうございました。

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