人喰い鬼#1

「なあ、幽霊ビルって知ってるか?」

寝不足ではっきりしない頭を冷やしたのは、そんな同僚の声だった。

「幽霊ビル?何だ、それ」

「やっぱり聞いたこと無かったか」

同僚である藤堂は苦笑を浮かべた。

「何でも、市内に怪奇現象について調べてくれる事務所があるらしい。お前さんとこ、例の事件で悩まされてるだろ、一回行ってみれば?」

そう言われて、小木は顔をしかめた。確かに今、小木はとある事件を抱えており、捜査が進展せず、完全な手詰まり状態だった。
その事件についてというのが、最近、巷を騒がしている連続怪奇死体事件である。
事の始まりは東京、ーー渋谷で起きた。一人の女性の惨殺死体が発見されたのだ。その後も、一人、また一人と被害者は増え続け、今朝もまた新たな遺体が発見された。まるで、全身を獣に食い散らかされたような遺体から、人々は人喰い鬼の仕業だと言った。
もちろん、警察が何もしなかったわけではない。見回りを強化したり、外出禁止令なども出したが、事件は一向に収まる気配を見せなかった。
これはもしや怪奇現象のたぐいではないか、と怪奇専門の部署がある大阪に捜査の依頼が来たのが一週間まえのことである。
書類が送られてきた当時、すでに被害者は両手では足りなくなるぐらいにまで発展していた。早急な事件の解決を、というのがお上の命令であったが、肝心の情報がまったく手に入ってこないのでは、一向に捜査は進まない。小木が頭を抱えている理由はそれだった。
そこへ藤堂の一言だ。はっきり言って、わらにでもすがりたい気分である。行く価値はあるかもしれない。

「......なあ、それって本当に解決してくれるのか?悪質な宗教団体とかだったら泣くぞ」

「大丈夫だって。確かな筋からの情報だから、信用してくれていい。ーーで、結局、行くのか行かないのか」

「......とにかく、行ってみることにする。場所は?」

「へえ、帰ってきたら感想を聞かせてくれよ」

藤堂の怪しげな笑みに、背中に悪寒が走る。

「......本当に大丈夫なんだろうな」

最後にしっかり念を押すと、

「大丈夫、大丈夫。課長から聞いた話だから、確かだって」

それを聞いてさらに不安になる。怪奇課の課長と言えば、つかみどころのない人で有名だ。決して悪い人ではないので、悪質な宗教団体ではないだろう。しかし、油断してはならない。単に悪質ではないだけで、決して常識人というわけではない。
以前、課長の紹介で会った人物は、こちらの注文を忠実にこなしてくれたものの、性癖に問題があった。つまり、変人である場合が多い。だが、有能であることに違いはないので、対処の仕方さえ注意すれば、かなり捜査がはかどるのもまた事実。
会ってみるだけの価値はある。
そう判断した小木は、重たい腰を上げ夕日に染まる大阪の街へと歩き出した。




2013年2月5日改編