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2009-04-26 00:51:01

第36回_小林一三_チャンスに備えて準備をする。

テーマ:鉄道

先日、4月に大学を卒業し大手企業に入社したばかりの新入社員の人が転職をしたいと相談に来ました。まだ入社して1月もしないのに何故?と思いますが、やりたいと思っていた仕事と違うので早めに方向転換をした方が良いのではないかと思ったようです。



安易に転職を考える前に、まずは今いるところで腰を据えて仕事を覚え、その職場で認めてもらえるだけの人物になり、その間しっかりと次に向けての準備をしていけばよいのではないかと思いますが、私は20世紀の激動を生抜いたある先人の言葉を思い出しました。新入社員や 始めて職就する人に出世の秘訣を聞かれた時によく言っていた言葉だそうです。



私は平凡主義ということを言っております。平凡な事を課してそれが完全に実行されるならば、将来見込ありと考えております。例えば勤務時間より30分早く出勤せよといいます。9時に始まるなら8時半に8時に始まるのなら7時半に出勤する。これは一見平凡のようにみえますが、1万人の中でこれを実行できる人はほとんどいないと言って良いくらいです。しかしこの30分早めの出勤がどういう結果を生むか? まず30分早めに家を出れば、よくある電車の停電とか故障になどに遭ってもけしてまごつかない。そして勤め先に着いたならばまず自分の机を掃除し、硯箱のふたをとり水差しに水がなかったなら水を入れ、いつでも仕事が始められるようにして同僚や先輩の出勤を待つことができる。その間新聞、雑誌を読むことが出来るし誰よりも早く仕事にとりかかることが出来る。



これに反して、始業時間きっかりに出勤した場合は、電車の停電などにぶつかるとすぐに遅刻をする。慌てると事務も完全に出来ない。しかもこういう時に限って、急用ができて社長が来たり、課長が来たりして「まだ出勤せぬか」と言って、怠けているわけでもないのに怠けているように見られる。こんな場合は、30分早く出勤していれば他の人の仕事まで引き受けてやり、「あれはなかなか用の立つ男だ」ということになって思わぬところで認められるようになるのである。ざっといってみればこのような訳で、わずか30分早めの出勤が、どれほどその人を価値づける事になるかわかりませんが、これを1年間続ければ必ず上役の目に留まるし、上役でなくても何処かで認められて出世の糸口をつかむ事になるでしょう。



この言葉は阪急グループの創業者、小林一三がよく言っていたことで、実際に若い人に30分前出勤を実践するように促していたそうです。ところが面白い事に、小林一三といえば自分自身は、慶応大学を卒業後、三井銀行に入社し、30歳前半まで勤務しますが、その間「だめサラリーマン」、「万年平社員」と言われ、けして優秀なサラリーマンではありませんでした。実家から仕送りしてもらったお金で女遊びをしていたとも言われ、凡そ、若い人に向けて言っていた平凡主義というのとは自分自身は全く似ても似つかないサラリーマンだったはずです。



そういう人が平凡主義を奨励するのだから逆に変に説得力があるように私は思います。



また、先人の言葉で私が常に心がけ実践しようとしていることがあります。



「私は機会の到来に備えて学び、いつでも仕事にかかれる態勢を整えている」 アメリカの第16代大統領 リンカーン



「わが人生の成功のことごとくは、いかなる場合にもかならず15分前に到着したおかげである。」

         イギリス海軍の英雄 ネルソン



新入社員の人が転職相談に来てくれたお陰で、私は今一度初心に帰り頑張ろうという気持になりました。                      







    文責 田宮 卓



























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2009-04-18 00:47:34

第35回_松永安左エ門_挫折をしらないのが最大の挫折

テーマ:電力

昭和234月奥村綱雄が野村証券の社長に就任したのが若干45歳の時であった。就任時に電力の鬼と言われる当時73歳の松永安左エ門のところに挨拶にいった時に、松永に「人間は3つの節を通らねば一人前ではない。その一つは浪人、その一つは闘病、その一つは投獄だ。君はそのどれ一つも経験していない」と言われ、さすがの奥村もシュンとなったという。



松永は石炭ブローカーからのし上がり電力王と言われるようになり、戦後は国営電力会社を民営化して9つに割り9電力体制を築きあげた気骨な大実業家である。



それまで、松永は、浪人、闘病、投獄全てを経験しています。明治4032歳のとき、株式暴落でスッテンテンになり家まで焼けます。闘病は明治2315歳の時コレラにかかり生死の境をくぐります。投獄は明治43年贈賄容疑で大阪警察に逮捕され投獄されます。松永に罪はなかったが相手を庇うがために監獄生活を経験することになります。しかし松永は逆境を経験するたびに、逆にそれを肥やしに自己成長させ偉業を成遂げていきました。



松永に限らず、大物といわれる人には必ず経歴上何をしていたか分からない空白の部分や、挫折体験があります。ただし彼らに共通することは逆境の時にそこで腐ることなく、必ず猛勉強をして逆境を自己成長の肥やしとします。逆境を乗り越えている人は相手の気持ちをくみ取ることが出来、また少々のことでは挫けなくなるので人間的に大きくなります。逆に40歳、50歳まで挫折しらずで成功体験しかない人が思わぬ失敗をすると再起ができなくそのまま潰れてしまう人があまりにも多い。そう考えると挫折をしらないのが最大の挫折といえるかもしれません。



転職支援を通じて日々企業の中途採用の担当者と接していて感じることは経歴上綺麗な人、成功体験しかない人ばかりをとりたがり、経歴上、ブランク(仕事をしていない期間)のある人や何らかで挫折をしている人をとりたがらないということです。確かに、挫折や失敗をした時に、周囲のせいにしたり、現実から逃避するばかりで何もしなかった人を採用しても活躍はしないでしょう。転職回数が多かったりブランクの長い人のほとんどの場合ががそうゆうケースに当てはまるかもしれません。しかし経歴上ブランクや、空白がある人の中にこそ人情の機微がわかり、人間性の素晴らしいとても有能な人材がいるのも事実です。そういう人材に目を向けていただきたいし、またそういう人物を見る目を持っていただきたいものです。



 

       文責 田宮 卓













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2009-04-11 00:43:45

第34回_長瀬富郎_創業者の精神③

テーマ:化粧品

先日、表紙もない古びた本を手にとり読んでいました。この本の話の中に千十郎という明治時代の商売人が登場し、この千十郎のことを「儲けさへすればいいというような人達とおよそ行き方を異にする産業人」、「これからの実業は千十郎のような行き方でなければいけない」「すこし若いさかりに売り出すと茶屋酒の味を覚える旦那衆のような風はなく、質素で手堅い仕方の中にも闊達な動きを懐にしている新しい産業人」と称してある文言があります。この本は島崎藤村の未完の大作「東方の門」ですが、この千十郎のモデルとされるのが花王の創業者、長瀬富郎です。



もしかして藤村は日本の夜明けをになう新しい人間像や精神を千十郎を通じて描こうとしたのではないかと思います。明治時代、日本の夜明けとともに長瀬富郎のような私利私欲ではなく、世のため人のためになることをしようという志をもった実業家が多く出現し日本の近代化に貢献しました。



この世代の実業家はもちろん今は生きておりませんが、書物を読むことで時空を超えて対話をすることが可能です。皆様もたまには書物を通じて過去の人物と対話をしてみてはどうでしょうか。きっと現代とは違う何かがあるはずです。



                    

    文責 田宮 卓











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