憲法審査会で総選挙後初の自由討議 | たまき雄一郎ブログ
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衆議院議員玉木雄一郎のオフィシャルブログです。

総選挙後はじめて、衆議院憲法審査会での自由討議が行われました。各党・各会派から意見表明があり、国民民主党を代表して、私から7分間、以下のような考えを述べました。ご一読いただければ幸いです。

 

衆議院インターネット中継より


憲法審査会が毎週定例日に開催されるという当たり前がようやく軌道にのってよかった。憲法は国民のものであり、国民民主党は、国民のための議論を積極的に進めていきたい。 

 

■憲法に関する国民民主党の基本的考え方

 

改めて国民民主党としての憲法の基本的な考え方をお話したい。私たちは、昨年12月4日に、憲法改正に向けた論点整理をまとめた。その基本は、現行憲法の3つの基本原則(基本的人権の尊重・国民主権・平和主義)は素晴らしい。だからこそ、その原則を守り抜くため憲法をアップデートすべきという考えだ。日本国憲法は、制度の詳細の多くが憲法ではなく法律に任されているので、まず①統治分野の規律密度を高めるとともに、②デジタル時代にあわせて人権分野のメニューを補完することが必要と考えている。

■統治分野での改憲検討項目【緊急事態条項】

とりわけ議論しなければならないのは、コロナ禍で明らかになった緊急事態における法の支配の空洞化。ここを是正するための議論、つまり、緊急事態条項を議論すべきだ。


具体的には
①緊急事態宣言には国会承認を必要とするなど「手続き」の整備
②人権制約は必要最小限度でなければならず、制約にともなう補償も必要とするといった「内容」の整備

である。

 

私は、日本政府によるコロナ対策が世界と比べて極めて劣っていたとは思わない。しかし、科学的エビデンスや補償の範囲や法の根拠をしっかり示すことなく、緊急事態宣言が発せられたり、まん延等防止措置に移ったり、終結したと思ったら再発出されたりというプロセスには極めて問題があったと思っている。


もし、憲法にまともな緊急事態条項があり、「国会の報告」で終わりではなく「国会の承認」が必要とされていたら事態は違ったはずだ。現在のように宣言発出の前日に、突然数時間の議運がセットされ、報告を聞いて終わりとはならないだろう。さらに、その緊急事態条項に「人権制約の程度」や「補償についての基本的なルール」が定められていたなら、今回のコロナ禍のように、飲食店のような特定の業種が、十分な補償の見通しもないまま苦境に陥る事態は避けられたはず。


また、今回の総選挙の際、たまたま感染が抑えられていたが、仮に感染爆発のまっただ中で任期満了を迎えていた場合、現行憲法下では、総選挙を実施せざるを得なかった。緊急時における任期の特例を定める議論は速やかに行う必要がある。


もちろん、こうした緊急事態におけるルールは法律で足りるのか、憲法で定めるべきなのか議論はあると思う。しかし、「緊急事態という危機において国家にどこまで力を持たせるか」という究極のルールづくりは、国民投票を必要とする憲法がふさわしいのではないか。なぜなら憲法こそが、国民が国家に対し権力を「与えて」る同時に「歯止める」ことのできる最高規範だからだ。あえて申し上げれば、「緊急事態条項自体が危ないのではなく、まともな緊急事態条項がない中、曖昧なルールの下で憲法上の権利が制限されうる状態こそが危ない」のだ。


こうした国家統治の根本的なあり方を、感染が抑えられている今だからこそ、静かな環境の下で議論したい。この点、横大道聡(慶応大学大学院教授)先生など新しい世代の憲法学者の方々が、極めてニュートラルな立場からコロナ禍の憲法問題を論じ始めている。そうした話も聞いていきたい。

■人権分野での改憲検討項目【データ基本権】

次に、人権分野に関しては、やはりデジタル時代の「データ基本権」の議論を深めるべきだ。岸田政権が提唱する「新しい資本主義」の輪郭がみえないが、少なくとも世界の「資本」の重点が、目に見える「モノ」のから「データ」や「情報」に移行したことは確かである。
 

権威主義を背景にデータを国家が集中・独占していくシステムとは別の形で、データ資本主義を健全に発展させるためには、価値を同じくする国々とデータの利活用の基準を共有していくことが必要不可欠だ。ヨーロッパのGDPRがそのスタンダードと目されるなか、日本もデータに関する基本原則を憲法にうたうことは検討に値するはずである。


データの基本原則や規律が穴だらけのまま民間にビッグデータを委ねた結果、米大統領選やブリグジットの国民投票における投票行動への操作・誘導が起きた。私は「ケンブリッジ・アナリティカ事件」についてこの場で紹介し、操作に関わったブリタニー・カイザー氏の招致を提案した。FACEBOOKはデータの不正流用の傷を治癒できないまま名前をMetaに変えたが、少なくともこの事件を契機に、自由な企業活動を重視するアメリカも、EU型の規制へと舵をきることになっている。さらに、当たり前だとされていた「思想・良心の自由(憲法19条)」も、実は、データを活用して意図的に操作されやすい脆弱なものであることが浮き彫りになってきています。だからこそ、「思想・良心並びにその形成の自由」という「プロセスの自由度」にまで広げて保証しなければならないとの問題意識を持っている。

■国民投票法

最後に、国民投票法については、CM規制・外国人寄付規制・ネット広告規制など、投票の質の向上に関する重要な宿題が残っている。旧国民民主党時代にわたしたちが提出した案を叩き台に具体的議論に入りたいと思う。そして、この国民投票法の議論と憲法本体の議論は、当然、同時並行で進めていけると思うし、進めていくべきだ。

■開催の方式

最後に、今後の審査会の開催形式について申し上げたい。今日のような自由討論も大変意義があると思う。しかし、議論すべき具体的な憲法上の論点が複数あるなかで、論点をしぼった議論も必要不可欠。議員の意見発表会で終わらせないために、「分科会方式」などを検討すべきだ。


 これまでの審査会でも、論点ごとの議論を充実させるために、幹事会で具体的に方法を検討してほしいという発言が与野党問わず相当数あったと記憶している。ぜひ、今日の審査会でも開催方式についても各議員のご意見伺いたい。以上で、終わります。