「珠樹。。」


「お母さん。。」


久しぶりに母と気持ちが一つにつながったような気がした。





が次の瞬間、母は想像していない行動をとった。


「ヒャヒャヒャ。。アハッハッハッハッ。。ヒャヒャ。。ヒーヒッヒッ。。ッヒ!」


母が突然笑い始めたのだ。私はビックリして、


「お母さん!大丈夫?しっかりして!」


介護疲れで気がふれたのかと思い、何度も母を呼んだ。





すると母はふざけたときにする言い方で、


「た~ま~き~ちゃ~ん!」


と一言言ってから続けた。


「感動的なセリフ言ってもらったのに申し訳ないんですけどぉ~、おばあさん来週退院になったから、ヨロシクッ!」






イシキフメイ。。モルヒネチリョウ。。モッテイッカゲツ。。。

イママデガンバリマシタカラ。。オカアサンナカナイデ。。。





状況が分からず、頭の中を走馬灯のように言葉がめぐる。

私は思わず、


「なんで!なんで!生きてんの?」

と不謹慎な言葉を吐いてしまった。



「あんた何てこと言うの!ハッハッ。。意識戻ったの。食欲もあるし、ほらアレでしょ。

病院でも緩和以外することないから、本人が痛みないなら退院していいって言われたの」


「いやいや恐ろしいおばあさんだ!ハッハッ。。ということで介護あるから来週帰ってきてね!」

母は笑っていた。





次の週、祖母は退院した。

「今回ばかりは」と覚悟していた危篤をまたまた乗り切った。


昆布が良かったのだろうか

お守りのご利益だろうか

それとも掃除だろうか


理由は分からないけど、祖母の意識は戻り入院前より明らかに元気になっている。

盛大な葬式をしようと準備をしていた私たちを尻目に、温泉旅行を計画中だ。





実家に戻ると、親戚中が集まり祖母をかこんで危篤話で盛り上がっていた。



「珠樹、またまた介護だねぇ~頑張りますか!」

そう言って母は笑った。


「会社で嫌味言われちゃったよ。ハァー」

そう言って叔母も笑った。


「今回は覚悟したね~、でもね~まだまだ死んでられないから。」

そう言って祖母も笑った。


「あたし泣きながら、お母さんぅ~大好きだよ~なんで言っちゃったよ。」

そう言って私も笑った。



私の大切な人たちが嬉しそうにしている。

祖母は今回も持ちこたえ、さらにバージョンアップした。

茶の間は、笑顔がいっぱい咲いている。


私は世界で一番の幸せ者だと思う。

「もしもし。。お母さん?」


「珠樹、朝早くにごめんねぇ。おばあさんのことなんだけど、実は。。」


「うん分かった。分かったよお母さん。すぐ帰るから待ってて」



私はすべてを悟り、母の言葉をさえぎる。

母をこれ以上悲しませたくなかった。

祖母の介護で一番頑張っていたのは母だし、祖母が亡くなって一番辛いのはずっと傍にいた母だ。


だけど母は続けて、

「珠樹、ちょっと聞いて。あのね。。」


私は聞かず、

「お母さん、いいから。もういいから、分かったから。もう充分お母さん頑張ったよ。おばあさんも頑張ったよ。」


すする鼻のを気づかれなくて、私はフゥーっと息をはいて続けた。

「お母さん、泣いている暇はないよ。おばあさんらしいパッと派手な葬式にしようよ。」


受話器からは、クックッと泣いているような声が聞こえた。

母に自分を責めないでもらいたい。これ以上泣かせたくなくて、


「身内が泣くのは葬式が終わってからでしょ?お母さん大好きだよ、だから泣かないで。」


私は、父親が亡くなったときに母に言われた言葉をそのまま返した。

それでもまだ受話器からは嗚咽が聞こえていたのでもう一度、


「お母さん、泣かないで。大好きだよ。何も心配いらないから。これからは私がお母さんを守るから。」


泣きながらそう言った。言葉が見つからなくて私にはそれしか言えなかった。

ここ何年も母も叔母も私も従姉妹もたくさん泣いた。

もう誰にも泣いてもらいたくない。


昔、テレビで誰かが

「部屋の空気が悪いと病気になる。」

と言っていたので、掃除をしてみることにした。



祖母の部屋を掃除機をかけて雑巾がけをする。


畳を拭いていると、ベッドの足元(祖母が立ち上がる場所)はすっかり擦り切れてしまっていた。

この部屋に介護ベッドを入れてから、一度も畳を取り替えていない。

触れてみるとチクチク毛羽立っていて痛い。


あの躾や掃除に煩い祖母が、気づかないはずはない。

そんなものを見つければ、嫌味を一つプラスして言うような人だ。


(もしかして遠慮するようになっていたのかな。)


そう考えた瞬間、喉と胸の辺りがギューっと締め付けられて涙がでそうになった。

こらえようと思ったが、ぽろぽろと涙が止まらない。


祖母が座っていたように私もベッドに座ってみると、やっぱり足の裏はチクチクしていて、

やっぱり気を使うようになってしまっていたんだなと考えたら、またぽろぽろと涙が出てきた。



ふと見ると枕が不自然な形になっていたので、

カバーをはがすと、たくさんのお守りが入っていた。入っているというより詰められていたと言うほうが、

表現が正しいように感じる。

私が買った伊勢神宮のお守りも知らないお守りもたくさん入っていた。

きっと叔母や従姉妹たちが買ってきたものだろう。


誰もが祖母を助けたいと願っていて、祖母も生きたいと願っている。


ギューギューに詰められたお守りが、今の祖母にできる唯一の自己主張に見えて、

もう堪えきれなくなり大声で泣いた。

鼻水と涙でひどい顔になっていたけど、もう冷静に祖母の状況を受け入れることは出来なかった。



絶対に死なせたたくない。

私は、また畳を拭き始めた。

祖母は生きたがっている。それが分かったから必死で畳を拭いた。




次の日になってもその次の日になっても意識は戻らず、だけど家に戻るたびに畳を拭いた。

何日かたっても意識は戻らず、いつまでも仕事を休むわけにもいかないので仕事に戻った。


それからさらに二日後の朝早く、母から電話が入っており着信履歴を見た瞬間涙がスーっと流れる。

覚悟を決めてかけなおすと、母はすぐに電話に出た。