橋梁建設計画の調査でモザンビークの首都マプトに数か月滞在していた時だった。現金数千ドルはどうしても持ってきてはいるが日常的に携帯するわけにもいかず、スーツケースに入れてロックしておいた。時折、千ドルくらいを現地通貨に両替するので取り出してはいたが、どうにも残金が少なすぎるのに気付いた。それまでに両替した金額を思い出しながら数えてみるとどうやら8百ドルくらい足りない。スーツケースの合いかぎを実は、化粧品ケースに入れておいたのが誰かにばれていたのだろう。従業員の仕業だ。大っぴらにはできないものの他のチームメンバーに聞いてみると何人かは多かれ少なかれ、やられていることが分かった。朝食をとる30分くらいの間にも部屋に忍び込んでいるらしい。ホテルのマネージャーにも苦情を言った。どうやら初めてではないらしく応対ものらりくらりで埒が明かない。JICA事務所にも相談して警察に被害届を出すことにした。蒸し暑い陰気な待合室で待たされること小一時間、調書を取ってはくれたが期待するな、の態度が見え見えだ。聞くと、仮に犯人が見つかっても盗んだ現金を警察がむしり取るので、被害者に戻ってくることはまずないだろうとのこと。時間の無駄でしたね。

スーパーで買い物をしてホテルに戻る時は、散歩がてら近道となっている百段以上ある階段を昇って帰るようにしていた。その日も昇り始めて気が付くと周りに人がいなく、見上げると上から二人の男が道をふさぐように降りてきた。まずい!と思った瞬間、羽交い絞めにされポケットを探られた。匕首のようなものもちらつかせてきた。現地通貨で六千円と道路局が発行したIDカードを持っていた。抵抗はしなかった。お金が目的だろうからここは大人しくしていればそれ以上のことはしないだろう。それでもカードを盗られると面倒だなと思い返すよう頼むと武士の情けか取ってはいかなかった。相手も必死なのだろう、階段の横道を逃げるように走っていった。手に残った買い物袋だけをぶら下げて階段を昇ると、スーツを着た男性が話しかけてきた。「やられたね。見ていたよ。」その態度は紳士的だったがこの男のほうに腹が立った。見ていたんだったら叫ぶなり何とかしてくれよ! 日本人とはこんなところが違うのかと諦めの気持ちも湧いてきた。