私が若い頃働いていた会社は、多分今で言う

ブラック企業だったのだろう。

 

絶対にそんな値段には見えない安っぽい健康器具を

営業社員にノルマを与えて売っていくのだが、

知名度の無い、掌に乗るような小さな器具で40万円

という物がそうそう簡単に売れるものではないし

その内、販売出来た客の紹介で客を増やす戦略に

変わっていった。

 

紹介された客が営業社員の説明で器具を買えば

紹介した客に手数料を払うシステムで、紹介して

売れれば売れるほど金額が増えていく。

いわゆるネットワークビジネスだ。

 

紹介の紹介があっという間に増えていき、本人も

知らない内に大きなお金が普通のおじさん、

おばさんに支払われていく。

 

私は事務の仕事をしていたので、お金に翻弄されて、

ローンをどんどん組んでいく人達の代わりに

書類を書き、信販会社に連絡をしてローンを通して

もらう補助係でもあった。

最初おどおどしていた人達があっという間にあぶく銭の

力で、横柄になっていくのを見下していたが、その人達の

おこぼれが私の給料なのだった。

 

いつの間にか営業社員にとって代わって、お客自身が

営業して益々お客を増やしていくようになった。

ネットワークビジネスを渡り歩く半プロみたいな人達が

参加してきたからだ。

欲が欲を呼ぶのだ。

 

営業社員も、紹介してもらった客が全員胡散臭い話に

飛びつく訳では無いので、一日三件の契約が取れない

と帰社してから、常務の怒声を浴びる事になる。

 

会社にとって営業社員は育てるというよりは使い捨ての

感覚だった。

 

酷い時には、成績が悪く殴られていた社員もいたので、

三人いた事務の人間は居たたまれない気持ちだったが、

後で慰めるのも白々しくて出来なかった。

 

そして成績の上がらない社員は自分でローンを組み、

それも行き詰まるとある日営業に出たまま突然連絡が

取れなくなるのが常だった。

 

前の日まで素知らぬ顔で仕事をして、遠くへ逃げるのだ。

結局会社は損をしない。

 

傍で見ている私もストレスで体調を崩したり、顔が

ガサガサになったりしていたが、会社自体は欲の

絡んだ驚異の売り上げで多忙を極め、簡単に

辞める事は出来なかった。

 

ある朝、出社すると会社の前に5,6人のスーツ姿の

男性が立っていた。

鍵を開ける前に説明を受けた。

今から会社の収支状況を調べる為に書類関係を

持ち帰るとの事だった。

驚異というよりは創立3年足らずでの異常な売り上げの

多さに国税局の査察が入ったのだ。

 

何の知らせも前触れもなく、会社は言うまでもなく社長、

専務、経理部長の自宅までが朝一斉に査察を受けたのだ。

それからは一切引き出しもロッカーも開けられないし、

電話も制限された。

 

ニュースで見るのと同じように、段ボールの束を抱えて

黙って組み立て、どんな小物もこちらからの物

(ボールペン、ハサミ、カッターとか)は使わないし、

書類、伝票、メモに至るまで一切合切持ち去った。

これら一連の作業が社長達の自宅でも行われた

との事だった。

私用の通帳まで持ち去られたそうだ。

 

私達はあっけに取られてただ成り行きを見守るだけ

しかない。

この日から何日かは仕事にならず、定時で帰れるのが

嬉しかったのを覚えている。

自分が働かせてもらっているのにこんな会社は

営業停止処分になればいいと思ってしまった。

 

 

三年我慢して四年目にやっと辞表を受理してもらった。


 

辞めて2年後、あの会社は内部分裂して無くなったと、

辞めずに残っていた事務の子から聞いた。