2007年03月01日

彼女はショーテスト

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背が低いとお悩みのあなた。

俺がハタチのころ付き合っていた女性の話を聞いてください。


4つ年上だった彼女は身長140。

足のサイズは20しかありませんでした。

言うまでもなく単位はメートルではありません、センチメートルです。


これだけ小さいと、靴などは売ってないんだそうです。だから子供の売り場で買うんだとか。

ただ、子供服や靴っていうのは、大人と同じデザインのものも多いですから、そこは大丈夫。ドラえもんやセーラームーンのキャラクタデザインのものを買わなくてもすみました。


彼女は保育園の保母さんでした。

料理がとても上手でした。

いわゆる姉さん女房タイプでして、俺の食べ物の好き嫌いがなくなったのは、半分は彼女のおかげです(残りの半分は、好き嫌いなんて言っていられない独身男性一人暮らし、貧乏生活のおかげ)。


情けない話ですが

外食するときは、こちらが二人分払おうとすると、怒られました。逆に彼女のほうがお金を出しました。

貧乏学生は、いろいろな人の世話を感じながら、まじめに勉強せなあかんのだそうです。

人目につかないように、お金を渡して、レジでの支払いは俺にさせてました。

女に恥をかかせてはあかんのだそうです。


『北斗の拳』のラオウなどがそうだったように、彼女も存在が実物以上に大きく見えましたね~


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2007年02月18日

俺はロリコンなのか??

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以前、4歳年下の女性とデートをしたら

「お前は変体か」

「外道」

など、周りからひどいことを言われました。


成人した(してから数十年経った)今では、4つ離れていても、それほど歳の開きというものは感じませぬが、

いかんせん、その時俺はまだ高校一年生だったのです。

。。。4つ下、ということは小学校六先生!


当時は「ロリコン」という言葉がなかったものの、やっぱり「ロリコン」になるのかなあ。


なんてことを思い出したのは、漫画でまったく同じことが描かれていたから。

西森 博之
道士郎でござる 7 (7)

もちろんその彼は、「ロリコン」呼ばわりされてましたよ。
そして、その言葉の刃は、俺にも突き刺さりました。


漫画の中の彼もそうですが、俺も、最初から小学生だとわかっていたわけではないのです。
夏休み、地区の盆踊りで、浴衣を着たその子に出会いました。
俺は小学校六年生のころ、その地区のリーダーをしていて、当時小2だったその子走っていたのですが、
ずいぶん大きくなって、しかも浴衣を着ているものだから、大人びて見えて、
これまた小学生のころ見知っていた、その子のお姉さんと間違えちゃったんですね。
中学になってからは全然あっていなかったので。
ちなみにお姉さんはひとつ年下でした。

すぐに勘違いがわかったんだけど、
その後は、半年間、当時受験生だったお姉さんの勉強を見てあげました。
俺は別にお金がほしかったわけではなく、後輩の面倒を見てあげているだけのつもりだったんですが、
多分おうちの人が警戒したのでしょう。
けじめをつける、という意味で、毎月図書券をもらってました。1000円分。
思えばこれが、初めてのアルバイトでもありました。
(お金をもらわない家庭教師なら、それ以前にも経験あり)


私の始めての生徒であるそのお姉さんも
いまではたくましいお母さんであります。
そして私の初めてのデートの相手であった妹さんも
旦那さんのお仕事で遠くへ行ってしまったけれど、
元気に母親をしているらしいです。

月日が経つのは早いなあ。
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2007年02月12日

俺はロリコンではない

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塾のセンセイやら家庭教師をやっていたためか

今でも親御さんや子供さんから相談を受けることがあります。

思えば俺も年をとったものだなあ。。。


ペーペーの頃はよく

「先生は子供を育てたことがないからわからないでしょう」

「子供を産んだことがないからわからないでしょう」

なんて言われて悔しい思いをしたものです。

今でも子供を産んだことはなく(男だから)、子供を育てたこともありません(独身だから)が

やっぱり年取ると信用が増すのかな。何事も経験を重ねるが大事だね。


子供が好きか嫌いか、といえば好きな方です。

おそらく俺の精神年齢が子供と変わらないからでしょう。


センセイをやめた今でもつい視線が子供さんたちにいってしまう。

夜遅くに繁華街を歩く女子高生を見ていたら、彼女から

「セーラー服、好きなの?」

と心配そうに聞かれたことがありました。

違うんですよ! 

女子も男子も、セーラー服だろうが学ランだろうがブレザーだろうが、同じように視線がいっちゃうんですよ。

職業病みたいなものなんですよ。


当初は「ロリコンでは?」と疑っていた彼女も

やがて「子供好きな人」と評価を変えてくれたようでほっとしたのも束の間、

彼女の子供の家庭教師を引き受けてからは、

「私よりこどもといる方が楽しいでしょう」なんて嫌味を言うようになりました。

その子が女の子なものですから

再び評価が「ロリコン」の方に傾きつつまります。嫌だなあ。。。。

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2007年02月08日

君は異国へお嫁に行った

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遠距離恋愛といえば。

大学を出るかでないかの頃、可愛がってもらっていた先輩が、そうでした。

太平洋を挟んだ恋。

パシフィック・ラヴ。略してパーラヴ。なんのこっちゃ。
フィアンセがアメリカ人でして、もう電話代だけでも大変なことに。

だからめったに電話をできなくて、手紙のやり取りが主でした。でもその彼氏(先輩は女性)は筆不精だったものだから、フラストレーションであっぷあっぷしてましたね。

その代わりというわけではないんでしょうが、俺はよくかわいがられました。学校を出たばかりで貧乏な俺によく食事をおごってくれました。でも毎回のろけ&愚痴を聞かされてしまうのだけれど。


まあ、姉弟みたいなもんでした。


当時の俺は芝居に夢中で、脚本家になるんだと、ろくに就職活動もせず、進学もせず、ついには就職浪人。

彼女にもずいぶん説教されました。その代わり俺の夢も真剣に聞いてくれました。社会人の先輩として。


思えば彼女も苦しかったでしょうね。婚約はしたものの、1年半はお互い離れ離れの生活だったのですから。

夜学を出て、大阪で一人暮らしをしていた彼女にとって、俺はできの悪い弟であり、フィアンセは頼れる男性だったでしょう。

というより俺は犬か。よく彼女のあとをくっついて歩いていたから。


彼女の郷土は中国地方の本当に田舎田舎したところで、フィアンセが初めて彼女の両親に挨拶しに行ったときは

「青い目をした人間はウチの敷居をまたぐな」

と言われたそうです。そりゃビックリしたでしょうね、ご両親も。


いよいよ日本を出る時、これまた大変でした。手続きやら、買い物やら、なんやかやで、半日付き合わされた覚えがあります。俺も彼女も車、持ってませんでしたから、タクシーで移動。普段はそんな贅沢、考えられないんだけど、お金よりも時間がもったいないからと、タクシー。


むこうで式挙げて、幸せな家庭を築きました。身一つでお嫁に行ったのですから、最初は心細かったのでしょう。何度か手紙が来ました。特に最初の出産のときはつわりがひどかったらしく、

・友人がいない、近辺にほとんど何もない

・みんな英語、テレビも雑誌も英語(当たり前だ)

・旦那がうどん作ってくれたけどまずい

なんて泣き言を書き連ねてました。


そんな彼女のベイビーももう社会人になってます、今では。

今でも家族仲良く暮らしているそうです。

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