サステイナブルが流行っているという。
確かに、今どこに行っても「サステイナブル」について、コメントを求められるし、商社なども素材提案などで、再生繊維などを打ち出し、サステイナブルと唄っている。

 かく言う、私もバーバリーが14億もの在庫を捨てている、という件についてNHK 「クローズアップ現代」に、コメンテータで出演したし、あの番組はそれなりに世間を驚かせたようだ。

 しかし、私は、このサステイナブル流行りについて、極めて強い違和感を持っている。

 まず、バーバリーだ。私は最初、14億と聞いて、なんと優秀なアパレルかと思った。アパレルビジネスの重要指標、4KPIの中に「残品率」というものがあり、これは、総額仕入れに対する破棄損の割合のことを言うのだが、平均すると10%程度なら及第点である。バーバリーの売上は4000億ぐらいで、仮に全売上を衣料品とすると、総額仕入れ簿価は2000億程度。10%なら、200億である。こんな、計算は業界人なら誰でも知っている。

 問題は、破棄のやり方だ。会計償却はするとして、現物は二足三文で叩き売り、最後はバッタ屋に流れるのが通常であるが、彼らとて売れないものは燃やすのだ。当たり前である。帳簿上無くなっても物理的な商品は存在するし、いつかは必ず燃やすのだ。土の中にでも埋めると思っているのだろうか?

 物理的な焼却が罪というなら、「我が社はやっていません」と言って、第三者が燃やしている場合は無罪とでもいうのだろうか。まるで、屠殺を嫌がるくせに、牛肉はばくばく食べ動物愛護を叫んでいるようなものだ。完全無罪を立証したいなら、最終消化率 / 残品率の逆数 を100%にするしかなく、それは株価のようにトレンドが乱高下するファッションビジネスでは不可能である。

 ZARAの消化率が80%をこえ、ファーストリテイリングも同様と言われているが、それは、彼らが予想を的中させているからでなく、相対的な競争力が高いからだ。つまり、他のアパレルは、自分で燃やすか第三者にやらせるかの違いだけで、やっていることは変わらない。

 次に、ファッションというものは、常にその時の世情を表しているということで、もはや成長の光が見えない成熟した経済の鏡として、サステイナブルが注目されていると見るのが妥当だと思う。例えば、また、3万を超えるような株高や20年前のバブルがまた来たら、国民はサステイナブルなど忘れ、ヨーロッパでブランドを掴み買いをし、不動産を買い漁るだろう。

 逆に言えば、日本のみならず、先進国は経済成長の光がみえず、更に言えば日本はOECD国の中で最貧国になり「じっと、手を見る」の状態になっていることが背景にある。

 こうした、因果律分析をせずに、サステイナブルが流行るなど、我々は過去何度もトレンドや流行に翻弄され、結果、浮き沈みの激しいトレンドとは無縁のユニクロやワークマンのような、ベーシックなものが一人勝ちしているわけだ。

 激安からロハス、そしてサステイナブル。もう、いい加減に、一時的な流行と「サステイナブルなビジネスモデル論」を混同するのはやめるべきだ。流行は、やがて廃れてゆき、次の国の世情を表すトレンドがくる。しかし、彼の地の米国からきたAmazonなどのGAFA+M / Microsoft は、ビジネスモデルがサステイナブルで、我々日本の流通業を根こそぎ叩き潰し、サステイナブルで強固なビジネスモデルは、逆転が不可能なほど強く流通産業破壊、デジタルディスラプションを突きつけるだろう。私の家では、買い物は60%がAmazonで、残りが近所のオオゼキと成城石井。服は、三人女子の70%は、外資ファストファッションで、後はユニクロだ。

 サステイナブルの意味を、取り間違えると、もはや取り返しのつかない事態が待っているだろう