すでに時効がきているので、私が20年前にやった繊維産業のボーダレス化戦略が失敗したお話をします。

 

 私は、当時、日本産業の復活のヒントはイタリアにあると考えイタリアを徹底研究していました。イタリアというのは、意外かもしれませんが、生業としては生産地です。ようは工場の国なんですね。特に、イタリアの生地や糸は独特の「風合い」といって、日本の生地や糸が持ち得ない滑らかさと光沢があるといわれています。

 

 私は、日本の大手素材メーカーの方にイタリアの素材の技術について解説をしてもらいました。彼らは「イタリアの素材と日本の素材の大きな違いはエージングにある。イタリアは生産した生地を数年寝かし風合いをだして出荷するが、日本は生産したら直ぐに出荷する。だから、ワインと一緒で滑らかさが違うのだ」という説明でした。

 

 実は、これは大嘘で、日本に二次情報や推測で、このような「嘘」や「神話」がまかり通っています。

 

 私は幾度も両国の生産地にでかけ、両者を比較しましたが最大の違いは生産工程における「染色工程」の位置でした。一般に、素材というのは、原綿、原毛という「ワタ」をクシで梳き、撚り(回転)をかけて糸にします。単純化していえば、イタリアは原綿の段階で染色をおこない、日本は糸の段階でおこなっているのです(もちろん例外もありますが)

 

 それでは、なぜ原料の段階で染めると良いのか。実は、染色というのは濃色になるほど高温で煮るため糸が細くなるのです。従って、糸で染めると濃色でつくった商品は淡い色でつくった商品と比べ(素材が痩せる分)サイズが小さくなるのですね。

 

 また、糸で染めると色が平面的になり深みのない色になりますが、ワタの段階で染めると、異なる色をミックスして糸をつくることもできるため深みのある色がだせるのです。

 

 「神話のぬめり」については、単にシリコンコーティングをしているだけで、別にイタリア素材でもエージングなどしていません。これは、ビエラ地区、ヴィチェンザ地区の両方の素材メーカーで現地で確認しました。それでは、日本もアジアも、みな「ワタ」で染めればいいじゃないかということになります。しかし、「ワタ」で染めると、そのまま糸や生地になりますから、一度染めた色を変えられません。また、生産ロットが数十トンという単位ですから独自の色をもった素材が大量に在庫となってしまうのです。日本やアジアは、この在庫リスクが怖くて「ワタ染め」ができないのです。(イタリアも「黒おとし」といって、残った在庫を濃色で染めて出荷していますが、細かい話は本質ではないのでここでは省きます」

 

 それではなぜイタリアはリスクの大きな仕事ができるのかという疑問がおきます。それは、イタリアというのは、国をあげて素材メーカーと国が世界中のブランドを呼び込み(今フィレンツェで展示会をやっていますね)来年の色は「この20色です」という「提案型ビジネス」をやっているからです。つまり、あらかじめユーザーに選択肢を絞り提案しているわけです。

 

 これに対して、日本は、「私はあなたの言うとおりどんな色にも染めますよ」という立場です。一見、どんな色でも対応できるというのは親切に見えますが、実は「何でもできます」というのは「何もできない」というのと一緒で、クリエイターは、提案されたものの中から自分の感性に合うものを見定めるのです。だから、不可価値の高い生産工場ほど提案企画力を高めているのです。デザイナーは既知のものを組み合わせ変化させているだけでゼロから発想することはありません。

 

当時、このメカニズムが分かった私は、イタリアにこんな提案をしました。

 

 「生地や糸でなく、染まったワタを中国に輸出しろ。そして、中国で生地や糸に最終加工しろ」という提案です。イタリアの色が世界のスタンダードなら、その後の工程はすべて人件費の安いところでやればよい。ベネトンは、生機(染色前の衣料品)をストックし、販売データをみて染色して市場に供給したという話がMBAの教科書に書かれていますが、それを素材でやれば良いわけです。考えれてみれば、こういう話は世の中のいたるところであります。浜名湖産のウナギだって実は中国で生まれ育ったのに浜名湖で数ヶ月泳がせると浜名湖産になるという具合ですね。

 

 しかし、そのイタリアの担当者は驚き「そんなことをしたら自国の雇用が守れなくなる。色はイタリアの命だ。それを安価で提供することは絶対にできない」という返事。結局、私のこの提案は、あれから20年たってもまだ実現されていません。一部のイタリアの工場は中国に原材料を加工する機材を導入し、イタリアと遜色のない技術で生産をしていますので、そういう意味では違った形で世界化は進行しているともいえます。

 

 私は、最近色々な企業に出入りをしていますが、彼らに共通しているのは「自社の強み」が何なのかを把握できていないということ。当時、イタリアの担当者が、私の提案に対して血相をかえて「そこは絶対にダメだ」と言い切ったように、生き残る企業というのは自社の中に守るべき強みというものをしっかり意識しています。なんでもアウトソーシングすれば効率がよくなるというのは、実は自社の最も大事にすべき競争力の源泉を壊している可能性があるということを知るべきでしょう