季節がかわっていくの

うんざりしながら見てる

 

年若いこどもたちには鮮やかな変遷であれと願うものの

 

そろそろ私はどうかここへ置いていって、

 

このまま打ち上げられたくらげみたいになりたいと

どうしても思ってしまう。

 

 

体調を崩したことで仕事の容量を減らしたけれど

一時的にそれなら済ませたい家事を片付けとこうと思っても

結局たいしてやらないで

病院でぼんやり待つ時間ばかりを浪費している

 

 

自分の姿をしたロボットを

遠隔操作しながら景色を見ている感覚がなかなか消えなくて

自治会とかも今はできることをしようと参加を増やして

冗談のひとつも言えるし悪い人はいなくても

部屋の隅のお布団がただ恋しい

つくづく自分勝手で自己完結してしまう性質だ

 

 

誰かと話していても

海辺の生まれでもないのに

沖に船で出たときの海風が抜ける感じ

魚の動きをトレースして泳ぐ

或いは鳥のイメージで急上昇する気流とか

架空の景色を同時再生している

 

 

昔人は母国語で思考する、といったことを読んで

言語に依って文化的な差異や特徴があるといったことを

とても面白いと思った

で、同時に不安になった

言語野より感覚で思考してることが多い自覚があった

 

たとえばそれが孤独とか嫉妬とかに近いなら

感覚のまま言語化しないよう努め

朗らかなものであれば誰かに言葉として伝えたいと思う

 

社会との関わりが増えるほど

思考が言語化して分別を求められる

唯それが面倒だ

 

ずっと昔病的な範囲ではないけれど

しゃべらない、しゃべれない波があって

そういうときは

やさしいひとたちの中にうっかり生れ落ちた

ちいさなこどもの姿形の

作りの粗い異種のように自分を感じていた

 

 

ほかのひとはどうなんだろう

ぜんぜん違うような気がした

ピノキオはどうやって世界の恐怖、克服したんだろうね?

 

それはすごい傲慢なことでもある

 

読むこと、書くことは好きで

言語化することはむしろ厭わないんだけれど

それは多くのことを切り捨てることでもあって

 

多くの感情や情報といったものを贅沢に切り捨て簡潔に固定化してしまう

 

 

ほんとうにたいせつなものは

今日も言葉に換算できないままなんだ

 

 

いくらかきれいにそれらのいくつかを

言葉であらわそうと必死こきしながら

この人生もほかの皆様のご他聞にもれず

ぽっくり終わる

 

私の中にとどまった何かを

伝えることができない、それはもう、どうしようもないことだ

 

センチメント。