個人的に、勝手にテキトーに思ってることですが、
宅建に受かる人とは、
「宅建ならば何とかなる!」
と思ってる人だと思います。
勉強が出来る出来ないとか、根拠とかそんなものはどうでも良くて、何としてでも宅建をと思って諦めない人。
そういう人が受かるのだと思います。
でね、最初からそう思ってた人が受かるのですよ。
まぁ、わたくしでしたけどね。
勉強をはじめてみたら何が何だかさっぱりだったけれど、宅建に受かるとは思っていた。
大学にも行かず、フリーターでフラフラしていたわたくしには、何かきっかけが欲しくて探してみた結果、
「誰でも受けることが出来る宅建!」
というものがあることを知る。
チャンスだと思いました。
そして、そのチャンスは絶対に何とかすると。
幸い、年齢的にも少し時間が残されていた。
宅建を取れたら本当に何かが変わるかもと思ったら続けられた。
実際、変わったかと言えば、変わったとしか言えない(笑)
あのまま何もなければ、わたくしは何もない人間です。
こんなブログを書くこともなく、もしかしたら、今もフラフラしていたかもしれません。
生きているのかどうかもわからない。
宅建のない人生で考えたらそうなります。
そのぐらい、宅建に受かり変わりました。
宅建自体を使うことはないけれど、宅建があるということが大きいのです。
一番切羽詰まっていたとは言わないけれど、それなりに切羽詰まった状況にいたとは思っています。
恵まれた部分もあったけれど、人と比べたらお世辞にも良いと言える状況ではなかった。
そこから宅建で何とかした。
宅建からなのかなぁ。
宅建ならば何とかなると思ったけど、宅建から何とかするということだったのかなぁ。
何とも言えないねぇ。
でも、そういう風に思わなければ宅建には受からないのではないでしょうか。
特別勉強が出来るとか、勉強に自信があるという人以外は、強い思いが大事なのだと思います。
「それがありますか?」
という話でした。
別に、そういうものがなくても受かりますけどね。
受かるのだけど、厳しい状況の人ほどそういう気持ちで前に進んで行かないとどうにもならないということです。
宅建の勉強自体が簡単ではないのです。
現状を何とかしたいと思う人の多くは、きっと何かが足りない人なのです。
足りない人に、勉強というのは苦しいものなのですよ。
「そうではないですか?」
別にと言える人は、当時のわたくしより恵まれた状況の人だと思います。
恵まれてるならばということにもなります。
恵まれてるのに宅建に受からない。
そういう人もいるのであれば、その人が宅建を本当に欲しいと思うなら考えを変える必要もあるのでしょう。
わたくしの個人的な勝手なテキトーな考えだと、
「恵まれてる人よりも足りない人の方が強い!」
と思ってますし、実際、宅建の人気ってそういうことでもあるのだと思います。
意外な人が宅建に受かって行ってるのだと思います。
ドリームがあるのです。
宅建より上位の資格は、ちょっとレベルが違うのですが、宅建は、簡単なドリームがある。
そう思います。
それに気付いた、今、厳しい状況の人はきっと受かりますよ。
というか、そういう人が受かるべきですね。
思いを強く持てる人が受かる。
わたくし以外の人間のことは知りませんけどね。
ザ・テキトー
令和5年度、宅建本試験終了。
本試験を受けた方、お疲れ様でした。
我が宅建テキプラ塾は、「宅建バラエティー!」です。
テキトーなことを書いてます。
テキトーでも受かることがあります。
良かったら、一緒に宅建を取りに行きましょう。