こんにちは!お久しぶりになりました遠藤です。

しばらくに見ないうちに皆様私遠藤の発電所なるボディは

メンテナンスが必要なくらい成長いたしました豚

こんな風になる前に!!

太陽光発電所のメンテナンスに霧危機感を覚えているオーナーの皆様

是非タキマテックまでご連絡をラブラブ

 

本題に入りますニコニコ

1995年12月20日の🗞朝日新聞夕刊記事の切り抜きを手に入れまして。

24年も前の記事です⌚

(完全にプライベートで入手した新聞記事の裏面にタマタマあったのですが、まさに偶然は必然ですね)

 

その記事には【できるか京都議定書】の文字!!

 

 

 

 

 

いま色々と話題の国連で演説した16歳の少女グレタさんの活動の始まりは

彼女の要求は、スウェーデン政府が【パリ協定】に従って二酸化炭素排出量を削減することだったそうです。

パリ協定は2015年12月12日に京都議定書以来の18年ぶりとなる気候変動に関する国際的な協定です。

 

1995年12月の記事ではうまく京都議定書が実を結ぶかとあります。

1995年私はまだ小学生なのですがこのこ頃から既に地球温暖化の問題に対する取り組みが行われて

言葉では耳にしても体感で感じられない時代でした。

 

 

そもそも温暖化の幅広い認知に至ったのは

1970年代の科学の進歩に伴い、地球の大気のしくみについて理解が進み、地球温暖化が深刻な問題として、

科学者の間でも注目されるようになったからだそうです。

私が生まれる前に丁度科学者達の認知が進み。

 

そして私が生まれた年に(あっタラー年齢バレますね。笑)

1985年にオーストリアのフィラハで開催された地球温暖化に関する

初めての世界会議(フィラハ会議)をきっかけに、

二酸化炭素による地球温暖化の問題が 大きくとりあげられ世間の耳に入る様になったけど

人々の体感としてはまだ感じられない時期ですね。

でも自然はいち早く変化を起こしていたのですねえーん

1988年には、国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)によって、

地球温暖化に関する科学的側面をテーマとした政府間の検討の場として

「気候 変動に関する政府間パネル(IPCC)」が設立されました。

これは今回の1995年の新聞記事にもでてきています。

 

この機関が発表した報告書が、

1997年に行われた京都議定書に信頼できる最新の情報を提供し、

又2007年にノーベル平和賞を受賞したそうです🏅

 

その後18年後2015年のパリ協定へ

そして現在2019年グレタさんの訴えへ

 

2019年はもう1995年とは違い

人々の体感でも地球温暖化が感じられる感じられる様になり、

 

今回私が昔の記事に出会い間接的に過去をみた時に、

1995年、その頃の人々も未来を思い行動していてくれたんだと思うと感慨深いですし、

現在の私たちが未来の事を思い行動し、

子供達が成長し未来に到着した時に

日本の誇りである四季折々のコスモスヒマワリもみじ雪の結晶春夏秋冬を

感じられる未来であるように自分たちが出来る事は何かを考えたいと思いました。

 

余談ですが偶然にもこの記事の隣は高速増殖炉もんじゅのナトリウム漏れ事故の事でした

(放射能の漏れはない)

 

科学も進歩しており家庭でも太陽光蓄電池の登場により一般の人も地球温暖化に取り組めたり、小さい事でもコンセント抜くとかゴミを出さないとかしていければなと思いました。

 

 

本日も長くなりましたが

最後までお付き合い頂きありがとうございました!!

 

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