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2017年08月25日

夏期巡回ラジオ体操会へのご出席ありがとうございました!

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22日はNHK夏期巡回ラジオ体操会(全国放送のあれです)が和光樹林公園で開催され、2000人近い皆様(放送の発表では1700人でしたが、1800用意した記念品は全然足りませんでした)とラジオ体操をご一緒させていただきました。
この芝生広場でやりたい、と平成26年度から応募し続けてようやくの実現です。
皆様、早朝からありがとうございました!
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2017年08月21日

全国青年市長会総会・視察で熊本へ(後半)

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17日のご報告(後半)です。青年市長会の総会後には「セカチュー(世界の中心で愛を叫ぶ)」で有名な映画監督行定勲さんの講演がありました。
セカチューの四国ロケの経緯や効果について、地方ロケにこだわった理由やロケ地を選ぶ条件等について、実務的なところにとどまらず、映画作りの本質にも触れながらためになる話をうかがうことができました。
 
そして、熊本を舞台とした映画「うつくしいひと」が生まれた経緯や、結果的に震災前の景色を残した貴重な映像として熊本市民に勇気を与えているという話からは一流の映像の力を思い知らされました。
さらに、熊本地震6か月後に撮影された「うつくしいひとサヴァ?」続編。この続編の撮影を決めるまでにはやはり、相当な葛藤があり、また、ロケ入りした際にも被災者との葛藤があったとのこと。当然ですね。そして、その際の「ドキュメンタリーとしてカメラを向けたら絶対に発言としては出てこない、しかし、本当に大切な言葉(そのまま映画で使われた)」をからめて、物語というある種のフィクションで震災の記録を残すことの意義をお聞かせいただきました。
 
熊本震災直後には、熊本では数百年ぶりの大震災、という誤った報道がありました。熊本市民もそう思っていたようですが、実際には、明治22年、熊本市が市制を施行した年に大地震があり、石垣なども崩落して、補修されているそうです。それがおよそ120年という、あっという間に風化してしまいました。
 
監督は「もし」と興味深いことを言われました。夏目漱石が熊本で五年間暮らしたことは知られていますが、それは明治の熊本震災の直後でした。ただ、漱石の名作に熊本震災にかかる記述はありません。もし、漱石の作品に熊本震災への詳細な記録があれば、震災の記憶がここまで風化することはなかったのではないか、との指摘には頷かされました。
だからこそ、「うつくしいひとサヴァ?」の撮影に臨んだのですね。
 
ちなみに和光市でよくロケがあることを踏まえて売り込んだところ、「東映が近いですからね」とご存知だったご様子。いずれ、作品に登場すると嬉しいのですが…。
 
なお、大西熊本市長からは「震災直後に多数の職員を派遣していただき本当に助かりました。感謝の意を和光市の皆様にお伝えください」とのメッセージをいただきました。

 

 
 
 
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2017年08月19日

全国青年市長会総会・視察で熊本へ(前半)

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時間がたってしまいましたが、17日のご報告(前半)です。
 
 当日は、全国青年市長会の研修として、熊本城の被災と復旧の状況を視察、場内の立ち入り制限地区も含めて状況を拝見しました。20年、300億円というスケール感で「創造的復旧」が行われます(100年スパンで江戸末期の姿に戻すことを目指す)。
 石垣については、テレビ報道では加藤清正が作ったものは壊れていない、という誤った認識が流れましたが、実際には角度が急だったり高さがあると壊れやすく、他にもさまざまな要因がありましたが、「壊れやすいものは壊れている」とのことでした。また、明治の震災で壊れたところは陸軍工兵隊が補修したため、再度壊れたところが多いようでした。
400年前の姿をとどめている宇土櫓が今回、崩壊せずに残ったのは加藤清正だから、というコメントもこれまたテレビではあったそうですが、実は後世に入れられた金属製のブレスが効いた、とのことで、木造建築へのブレスによる補強が効いた、というごくごく普通のお話でした。
 
 昼食時には、大西熊本市長から、震災直後の状況等について示唆深いお話を直接聞かせていただきました。
 熊本震災直後、緊急携帯が全く役に立たなかった話、市の食料備蓄のやり方の課題(和光市も取り入れているスーパー等との事業者との協定によるやり方が無駄がなくて良い)、救援物資の物流などの扱いは事業者に依頼すべきであるという話(和光市も取り入れている)、備蓄センターを集約したことによる弊害等々。
こちらの情報収集で把握していることもあるのですが、市長の実感をお聞かせいただき、大変参考になりました。また、震災後の取り組みの記録を参考にいただけることになっているので、阪神淡路以来の都市型の巨大震災の貴重な記録として、大いに参考にしたいと思います。
 大西市長も長岡市長(森前市長)の記録をかなり参考にされたとのことでした。
(後半に続く)
 

 
 
 
 
 
 
 
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2017年08月13日

いかなる地域においても、和光市の地域包括ケアを「そのまま輸入」するのはお勧めできません

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以前にも少し書いたのですが、和光市の地域包括ケアや介護予防の悪口を激しい口調でお書きになっているツイッターなどのエントリーがたまにですがあります。
基本的にほとんどの方が他の地域の高齢者福祉の現場の方です。
共通するのは和光市の現場を直接的には知らない方で、和光市のやり方は無理だと思っています。
そして、地域に和光市方式らしきものが導入されそうだ、ということについて、違和感とか嫌悪件を持たれるようです。

 

ただ、はっきり言って、和光市では和光市のやり方をそのまま導入することはおすすめしておりません。和光市で成功したやり方であっても、地域が異なればうまく行くとは限らないからです。
また、和光市の現状と和光市の危機意識、特に人口の流動性の激しさや、地域社会の繋がりの稀薄さを踏まえた私たちの取り組みについて知らない方の上から目線の批判は本当に残念です。

また、私が介護の専門職ではないことから、「和光市長は素人だから分かっていない」とおっしゃっておられるケースもありますが、私も職務上のさまざまな場面だけでなく、身内の介護等の経験から和光方式については身をもっていろいろなことを感じ、その感じたこともフィードバックさせていただきました。


和光市では、役所と地域の方、地域団体、事業者が懸命にコラボして、妊娠からこの世を去るときまで、地域の繋がりの実感のなかで生きていけるよう、様々な仕掛けをしています。

 

もちろん、和光市では、常に変化を恐れずチャレンジするよう、関係者一体となってさらなる努力をする所存です。

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2017年08月08日

和光市内で元気に育つ広島、長崎の平和の木

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和光市役所には広島の、下新倉小学校には長崎の原爆を生き延びた平和の木があり、元気に育っています。
写真は広島の記念館の裏にある被爆青桐の子孫で、一度は心ない人に折られたものの、元気に育っています。
また、下新倉小学校には長崎から来た被爆クスノキの子孫が小さいながら懸命に育っています。
 
何かのついでにでも、ぜひ、ご覧いただき、平和への思いをさらに深めてください!
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