3.11 | 羽生結弦くんにメロメロ♡めろん

羽生結弦くんにメロメロ♡めろん

羽生結弦くんを絶賛応援中!!好き過ぎて妄想小説も書いてます。みんなで溢れる想いを共有しませんか?


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もうすぐあの時間。



忘れられない記憶。





忘れたい記憶。




忘れてはいけない記憶。








東日本大震災から今日で7年。



7年。



あの時を思い起こすと被災してない私にとっては「もう7年」と思ってしまう。

でも被災した方々にとっては「もう」なのか「まだ」なのか私には計り知る事はできません。

 

忘れられない人、ずっと想いをつなぎ止めておきたい人…



でもきっと忘れたい人もいるでしょう。






ただ1つだけ確かに言えることは被災してない私たちは忘れてはいけない事なんだってこと。



どうしても日常に流されて埋没しがちになってしまう。




東日本大震災から7年、被災者としての羽生結弦・支援者としての羽生結弦



平昌冬季五輪のフィギュアスケート男子で金メダルを獲得した羽生結弦は、会見で被災地に心を寄せた。

羽生のリンクへの思い

「自分が(ソチ五輪の)金メダルを持って被災地の方々にあいさつしたときに、たくさんの笑顔が見られたので、今度はちょっと自信を持って、みなさんにまた笑顔になってもらえたらいいなと思っている」


中略  



同リンクは昨年12月、リニューアルオープンした。羽生が、音響設備を改善するようアドバイスをした。これ以外にも著書『蒼い炎』『蒼い炎II』の印税を全額寄付したりと、同施設への思いの強さがわかる。

 



そのリンクで、小学校から羽生を指導し、金メダリストの土台を作り上げたのが都築章一郎コーチ(80)だ。

 震災時、横浜のスケートリンクにいた都築コーチは、仙台で練習できなくなった羽生を受け入れた。

彼は本当に仙台を愛していた。被災で強いショックを受け練習にも集中できない様子でした。つらかったと思う」

 と回想。驚く光景も見た。

「余震が起こると、結弦が非常に素早い動きでリンクから飛び出して、外に避難したんです。精神も肉体も正常な状態ではなかった。でも強い子ですから弱音などは一切、吐かなかった」

 立ち直りのきっかけは、全国各地のアイスショーを転々としたことだという。

「そこで海外の選手と触れ合い技術を高めたこと、各地でファンの応援に力をもらえた。過酷な経験を、結弦はプラスへ変えました。震災を乗り越え、精神的にも肉体的にも成長し、新たな羽生結弦が誕生したように思います」

 と都築コーチは読み解く。

 ソチ五輪の直後、都築コーチは羽生に「金メダリストのコーチにしてくれてありがとう」と伝えたという。

 新井元支配人は平昌冬季五輪の滑りに目頭を熱くさせ、

「ソチ、そして今回の平昌の金メダルが被災者に勇気を与えてくれた。彼に関われたことを誇りに思います」

 政府は国民栄誉賞授与の方針を固めた。仙台市は凱旋パレードの準備に着手した。

全文はこちら

http://www.jprime.jp/articles/-/11832?display=b




正直なところ、羽生くんの存在がなければ私の中で震災の記憶は薄れ過ぎ去った過去になってしまっていたかもしれない。




辛い経験は誰だってしたくないものです。



羽生くん自身も思い出すのも辛い記憶があるだろうに心を砕いてくれること。



羽生くんが身をもって示してくれてることを、特に被災してない私たちは強く心に留めて行動に移したい。



私は、祈る事も大切だけど、それを行動に移すことが大切だと思います。


実行すること。


継続していくこと。



羽生くんはきっと一生、震災への想いと共に生きていく。


ならば私は少しでも私に出来ることを。


羽生くんに、そして被災地に寄り添って生きていく。



でも、本音はね…もう少し羽生くんに肩の荷を降ろして欲しい。


ほんとはね、もっと楽に生きてほしい。


でもきっと仙台を愛してる羽生くんには、被災地に寄り添うことは重荷ではないんだろうな。



3.11と検索するだけで寄付できます。


その他にも買い物などして支援することもできます。




東日本大震災で亡くなられた全ての方のご冥福をお祈り申し上げます。




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