徹王のブログ

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 侠客

侠客(きょうかく)とは、強きを挫き、弱きを助ける事を旨とした「任侠 を建前とした渡世人」の総称。



   

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後藤忠政(得度名・忠叡)元後藤組組長 独占インタビュー第2弾!
「日本はとことん息苦しい国になったな」
伝説の組長が語るカンボジア政府との親密な関係&日本の暴排ブーム

 先月号で紹介した元山口組後藤組組長・後藤忠政(得度名・忠叡)氏の本誌独占インタビューは大きな反響を呼んだ。

 武闘派の大物組長としてならした後藤氏が山口組を引退したのは2008年。5年とたたない間に、カンボジアという異郷の地で市民権を獲得、そればかりかフン・セン首相の与党・カンボジア人民党党員としても活動し現地での”貢献”(赤十字や孤児院、病院などに合計1億円の物品寄付)がみとめられてシハモニ現国王から爵位(オギャ=oknha)を授かっていた。ヤクザの世界を経て、第二の人生をこれほどドラマチックに歩む人物はいない。

 今号ではカンボジア定住を始めて2年半がたった後藤氏に、同国政府との関係や日本への思いを聞いた。

カンボジアでなぜ支援活動を?
ー今はどんな生活を?
後藤 日本にいる時とそれほど変化はない。ゴルフに行くこともあれば、お姉ちゃんと飯を食いにいくことだってあるよ(笑)。
 ヤクザを引退してから、「俺は何者だったんだ?」と考えてきた。それを確かめるため、カンボジアに住んでるようなもんだ。10カ国あるASEAN諸国のなかでも、カンボジアは最貧国とされている。けど、この国の国民は貧しくても希望を持ってるんだ。
 戦後の日本人は焼け野原に建てたバラック小屋から立ち上がった。その頃の日本人に似た目の輝きが彼らにはある。それが好きだし、彼らと接していると自分の原点に立ち返ったような気分にもなるんだよ。
 俺がこの国で、学生を相手にした日本語学校を支援しているのも、彼らの将来が少し楽しみだからだ。

ー支援のための資金は?
後藤 すべて俺個人で賄っている。なにも偉そうなことを言ってるんじゃない。大規模な養鶏場やトウモロコシ農園を始めたのも、事業として成功させて、そういった活動のための資金を現地の経済の中で作れなきゃ、真の意味での支援にはならないからだ。そうしなけりゃ長続きしないだろ?

伝説の大物組長がなぜ独裁政権与党に?
ー28年間独裁が続くフン・セン首相の人民党党員でもありますが、党員としてどんな活動を?
後藤 俺が市民権を取ったのは去年の5月だが、その翌月、統一地方選挙があった。人民党の幹部は担当地域を持たされる。俺の友達で人民党員でもある軍の陸軍大将がタイの国境に接する州の担当だったから、その選挙を手伝ったんだ。
 現役の頃は頼まれてよく票集めをやったもんだが、カンボジアの選挙運動のスタイルは日本とは違う。党員や後継者が500人くらい集まって乗用車、トラック、バイク、トラクターに分乗し、党の旗を掲げながら州内を行進するんだ。

ー今年7月には国政選挙(第5回国民議会総選挙)がありました。独裁が批判されたようですが。
後藤 野党の昔の党首(最大野党である救国党のサム・リャンシー党首)が、フン・センと反目になって海外に亡命していた。なにかの嫌疑をかけられてな。それが国王から恩赦を受けて帰国したもんだから、民主化運動が始まった。若い連中や低賃金の労働者たちが「チェンジ・フン・セン!」と叫んで大規模なデモを始めたんだ。プノンペンじゃあ、一時は10万人ともいわれる人間が集まったもんだから「中東の春」のようなことになるんじゃないかと、日本のマスコミも熱心に取材していたな。内戦時代を知っている世代の大半が、また大変なことになると思って、プノンペンから田舎に逃げ出す有様だった。
 ただ、俺は大事には至らないと思ってたよ。カンボジアはクメール人という民族の国で、宗教もほぼ仏教ひとつだ。中東のように多民族、複数の宗教が入り組んでない。人民党が力を持ち続けているといっても、王政は続いていて国民も国王を慕っている。
 選挙後「投票で大規模な不正があった」と野党が追及し始めたが、最後は国王が人民党と野党に話し合いを呼びかけて収まったな。

ー一方では28年も続く一党独裁が貧富の差を生み、国民の不満も強いのでは?
後藤 ちょっと経済が成長すると、格差が目立ってそういう不満が出てくる。ただ、独裁が必ずしも悪いものだとは、俺には思えないんだ。リビアを見るといい。カダフィの独裁が終わったのはいいが、ドンパチがいまだに収まらない。ああなると一番惨めなのは国民だ。そのことを、俺はこの国の軍人とよく話し、彼らもわかっているはずだ。
 カンボジアってのは8世紀ほど前までこのあたりの中心で、巨大な文明を築いていたわけだ。世界最大の宗教施設といわれるアンコールワットまで作ってな。その王朝がぐずぐずになって、後はずっとベトナムやらタイやらにやられっぱなしだ。アンコールワットはベトナム人の奴隷まで使って建てたんだろ?そういった祖先をもっていることに、カンボジアの国民は今でも強烈なプライドを持っているんだよ。今の日本とは大違いだ。

魔女狩りに明け暮れる日本のメディア
ー日本の近況についてはどうやって情報収集を?
後藤 知り合いが日本から訪ねてくるし、日本人の若い子たちとも話してる。バックパッカーっていうのか?旅をしてる若い子たちを一度家に泊めて飯を食わせて小遣いをやったら、それが噂になってな。「後藤さんのところに行くと、ただで泊まれて小遣いまで」って噂になった(笑)。上智や早稲田といった立派な大学を出た連中も来るが、話しを聞くと、国も職場もとにかく息苦しいそうだ。
 俺は毎日、NHKのニュースや新聞、週刊誌にも目を通してるんだが、週刊誌はもうどうしようもないな。人の悪口、アラ探しばっかりでまともな記事なんてない。みのもんたの息子が警察の世話になったからって、なんで親父が番組まで降りなきゃならん?高いところからモノを言ってるあいつのことは、俺もすきじゃないが、それとこれとは別だ。こいつは悪い奴、こいつはいい奴と魔女狩りごっこをやってるだけじゃないか。今の日本の縮図だ。
 今年、NHKを毎日見ていて鼻についたのが熱中症のニュースだな。俺たちが子どもの頃も夏は暑かったよ。でも熱中症なんて言葉はなかった。暑けりゃ水を飲んだり日陰に入ったりして、自分で調節したもんだ。それが毎日毎日、ニュースのトップで今日は何人倒れただのと大騒ぎしてる。「水分を十分補給してください」なんて毎回毎回言うことか?こっちは1年中暑いんだよ(笑)。でも誰も熱中症で倒れやせんぞ。
 カンボジアって国は、そりゃ遅れてるかもしれんよ。交通法規だってないようなもんだ。自動車やバイクを運転している者で免許を持っているのは1割くらいだろ。プノンペンではすごい渋滞が起こるから、我先に道を抜けようと対向車線に入ってくる。警察はそんなもの、取り締まらないよ。でも国民は法律で守られなくても、自分の能力で自分を守ろうとするんだよ。
 車の調子が悪くなっても、正規の部品なんてすぐ手に入らないだろ。だから、町工場のオヤジが、スパナ一本で大概の故障は治しちゃうんだよ。昔の日本の町工場みたいなもんだ。

暴排ブームの先には国民の魔女狩りが
ー引退から5年、日本では暴排条例が定着して、締め付けが厳しくなってます。
後藤 日本の国家からみれば、引退して5年が経過しようが俺は「ヤクザ」なんだ。俺自身はそれでもよろしいと思っているが、俺と一緒にやめた若い衆は、カタギになってもいまだに同じ扱いを受けている。実際にあった話だが、現役時代に銀行口座を作ったというんで、すでに辞めているのに詐欺で捕まってるんだ。
 こうなると、詐欺罪の時効は7年だから、カタギになっても7年間ヒヤヒヤしてなきゃならん。ヤクザの時代に偽名でゴルフをやっていたのが、今になってこれも詐欺でパクられてる。
 随分住みづらい国になったもんだな。せっかくカタギになったんなら、そいつが社会人1年生としてスタートするきっかけを考えてやるのだ、そもそも政治ってもんじゃないか。
 自民党の安部首相は、増税を乗り越えれば、次は憲法改正に進むだろう。憲法9条改正、俺も大賛成だ。しかしだよ、憲法21条改正ってのはどうなんだ。自民党の憲法改正草案の解説を読むと「交易や公の秩序を害する活動に対しては、表現の自由や結社の自由を認めない」とある。この「結社」にはヤクザも当てはまるな。これが認められた場合、ヤクザは地下に潜るしかない。辞めたってパクられるんだから、ほかに道はないだろ。
 マスコミや野党もうかうかとはしてられないぞ。権力批判のあり方によっては、反社会的と烙印を押されて、活動の制約を受けることになるんじゃないか。「反社会的」ってあまりにも曖昧な言葉だな。最近流行りのコンプライアンス(法令遵守)という言葉もそうだ。法令遵守なんて当たり前の話じゃないか。それをわざわざ持ち出して、みずほの融資の件じゃ頭取が国会で参考人招致までされてな。ヤクザが自動車ローンを組んでただけだろ?不正融資でもなんでもない。それと特定秘密保護法案の「秘密」ってなんなんだ?
 曖昧な言葉で正義と悪を仕分けする風潮はやがてエスカレートして、一般人が「反社会的」と烙印を押される日も来るんじゃないか。これじゃあ、まるで国民を粛清しまくったスターリン時代のソ連だ。
 義理と人情とおおらかさ・・・・これが日本のいいところだったんだがな。ますます息苦しい国になるな。

ーもう日本には帰りませんか?
後藤 俺の心は「さらば日本、されどアイ・ラブ・日本」だが、フン・セン首相や国会議長のヘン・サムリンたち政権トップとの交流も進んでるんだよ。もっといろんな事業に取り組みたいし、日本との架け橋にもなればいい。物事を動かすためには政治との関わりは不可欠なんだ。カンボジアという国家は、俺の存在を認めているわけだから、しばらくはここで頑張り続けることになるだろうな。

統合失調病の方

統合失調症とは、思考や行動、感情を1つの目的に沿ってまとめてい

く能力、すなわち統合する能力が長期間にわたって低下し、その経過

中にある種の幻覚、妄想、ひどくまとまりのない行動が見られる病態

である。能力の低下は多くの場合、うつ病や引きこもり、適応障害など

に見られるものと区別しにくいことがあり、確定診断は幻覚、妄想など

の症状によって下される。幻覚、妄想は比較的薬物療法に反応する

が、その後も、上記の能力低下を改善し社会復帰を促すために長期

にわたる治療、支援が必要となる。
ある目的に沿った、一貫した思考や行動をすることは、実は健常者

でもあまりできないことがある。とりわけ疲労、ストレス、不安、身体疾

患の時などには、こうした統合機能は動揺しやすい。そうした不安定

な状態が長引いて経過中に幻覚や妄想が出現し、その鎮静化のため

に投薬を必要とし、再適応のために心理社会的なリハビリテーション

を要する状態が、統合失調症である。確定診断のためには、下記に

述べるように幻覚や妄想などの重い状態を手がかりにすることが多

い。しかし実際の治療においては、そうした急性状態の続くことはむし

ろ少ない。多くの患者は、健常者でも経験し得る統合失調という状態

のなかで、社会復帰のための努力をしているのが現状である。
統合失調という症状によって最も影響されるのは、対人関係であ

る。複数の人間の話し合う内容が、いったい何を目指しているのか、

その場の流れがどうなっているのか、自分はどう振る舞ったらよいの

か、ということが分かりにくい。そのために、きちんとした応対ができな

かったり、時に的はずれな言動をしたり、後になってひどく疲れたりす

ることがある。また、ある一連の行動を、自然に、順序立てて行うこと

が苦手となる。着替えをする時の順番を忘れたり、料理が得意であっ

た人が、その手順を思い出せなくなったりする。
この病気の原因は十分明らかにされておらず、単一の疾患であるこ

とにさえ疑いが向けられている。
しかしながら、何らかの遺伝的な脆弱性と環境的な負荷、とくに対人

的な緊張が重なって発病に至ることは、ほぼ認められている。とくに再

発に関する研究では、家族のなかで、人を批判するような内容を強い

口調で言い合うことが、患者の緊張を高め、再発率を上げることが知

られている。ただし、親の育て方が悪かったというようなあまりにも単

純な説明は、今日では受け入れられない。好発年齢は思春期から20

歳代半ばであるが、それ以降の発症も多い。一生の間にこの疾患に

なる率は、諸外国でも日本でも約1%である。平成11年厚生労働省患

者調査によれば、日本全国で約67万人の患者が治療を受けている。
治療の基本は抗精神病薬と、心理社会的なリハビリテーション、なら

びに社会復帰のための福祉、地域での支援である。治療薬について

言うと、従来は脳内のドーパミン神経系に作用する薬物が用いられて

きたが、最近ではセロトニン神経系にも作用する非定型抗精神病薬

が導入され、治療効果を高めている。従来の抗精神病薬は、幻覚や

妄想、興奮を抑えることはできたが、自発性を高め、考えや感情の筋

道をまとめさせることはあまりできなかった。これに対して非定型抗精

神病薬は、社会復帰に関わるこうした症状の改善に効果がある。ただ

し、最も強力とされるclozapineは日本での認可が遅れている。診断

 診断基準として国際的に認められているものは、米国精神医学会によるDSM-Ⅳである(表1)。以下に、各症状の説明を記す。

(1)妄想
 妄想とは、内容的にあり得ないことを強い確信を持って信じていることを言う。 単に内容が奇異であるというだけではなく、本人がそれを説明する時の論理に飛躍があり、ふつうでは考えにくい理由付けをし、にも関わらず強く確信して訂正しにくい。 もちろん、本人が何か特殊な体験を実際にしており、人に詳しく言いたくない事情がある時には、一見すると判断しにくい場合がある。
ただし、妄想の内容には比較的多く見られるパターンがあり、それらに合致した時には、統合失調症の症状であると考えてよい。 割合に多く見られるのは、誰かに見られている(家のなかにいても外から見張られている、など)、悪口を言われている、意地悪をされている、というものである。 中高生の場合は、いじめ体験と紛らわしいことがある。
単にそのような気がするというだけであれば、対人恐怖やうつ病などでも見られるが、そうした事実がないのに確信しているのが統合失調症の特徴となる。 その他には、自分の考えが世間に広まっている、テレビなどで自分のことを話している、自分の体や考えが誰かの力で操られている、自分のなかに誰かの考えが入り込んでくる(人の意見に影響されるということではない)などの形をとることがある。

(2)幻覚
 幻覚とは「対象のないところに知覚が生じる」ことであるが、統合失調症の場合、この知覚には、単に物音がするとか人が話しているということだけではなく、自分に対して何事かを語りかけているような意味が伴っている。
典型的な例としては、自分の行動に対して「また馬鹿なことをしている、そんなことをするんじゃない」などとコメントを加えてくる声、複数の人間同士で話し合っている声がある。知覚の形式としては幻聴が多いが、皮膚に寄生虫がいる、体がゆがんでいる、内臓がおかしい、体の一部が空っぽになった、などと訴えることもある。 ただし、入眠、覚醒時の幻覚は含めない。
一般に入眠時には、俗に「金縛り体験」と呼ばれる体感幻覚や、動物の姿などが見える幻視が生じることがあるが、これは統合失調症の幻覚とは見なさない。 また、アルコールや有機溶剤吸引の結果として生じた幻覚、身体疾患や投薬に伴って生じる幻覚や、睡眠障害と幻覚の合併した「せん妄」も、統合失調症の症状とは見なさない。
もちろん、統合失調症の患者がたまたまこうした病状となり、幻覚を呈することはあるが、それが統合失調症のためなのか、こうした病状によるものなのかは、その他の症状や経過を見て判断することとなる。

表1:統合失調症の診断基準

A 特徴的症状:以下のうち2つ(またはそれ以上)、各々は1カ月の期間(治療が成功した場合はより短い)ほとんどいつも存在。
(1) 妄想
(2) 幻覚
(3) 解体した会話(例:頻繁な脱線または滅裂)
(4) ひどく解体したまたは緊張病性の行動
(5) 陰性症状、すなわち感情の平板化、思考の貧困、または意欲の欠如
注: 妄想が奇異なものであったり、幻聴がその者の行動や思考を逐一説明するか、または2つ以上の声が互いに会話しているものである時には、基準Aの症状1つを満たすだけでよい。
B 社会的または職業的機能の低下:障害の始まり以降の期間の大部分で、仕事、対人関係、自己管理などの面で1つ以上の機能が病前に獲得していた水準より著しく低下している (または小児期や青年期の発症の場合、期待される対人的、学業的、職業的水準にまで達しない)。
C 病状の持続が6カ月以上
D うつ病、躁病の合併がない
E 物質乱用、身体疾患によって生じたものではない
F 自閉性障害の既往があった場合には、幻覚や妄想が1カ月以上(治療した場合には短くてもよい)続いた場合のみ、診断する。

※:C~Fは要点のみ記載。

(3)思考と行動の障害
解体した会話とは、文法的に通じない発言をしたり、頻繁に筋道から脱線してしまうものを指す。 そのために会話をすることが、非常に難しくなる。 また、行動の解体というのは、過度に子供じみていたり、目的にそぐわない行動をするために、ごく簡単な日常生活をすることもできなくなってしまうものである。 いずれも、それが持続しており、他に明らかな原因がない場合に限って判断をする。 また、行動の解体が顕著になると、緊張病性の症状(激しい興奮、拒絶、奇妙な姿勢など)が生じるが、一般外来では非常にまれである。

(4)陰性症状
上記のような明らかな症状がなく、単に思考や行動のまとまりのなさ、能率の低下、ひきこもりなどだけが生じることもある。 しかし、こうした症状は他にも広く見られるものなので、この症状だけから診断をすることは難しく、基本的には避けるべきである。
ただし、治療の後で陰性症状だけが残ることは非常に多く、社会復帰のためには、この症状の改善が重要である。

社会復帰とスティグマ

患者の症状のなかには、被害妄想といって、自分が他人から悪口を言われている、意地悪をされていると信じてしまうものがある。また、幻聴によって怖いことを言われ続けたという人もいる。その症状が治ったとしても、こうした体験をした人が、その後も周囲の目を気にしたり、人とのつきあいのなかで気疲れをしやすいことは、容易に想像ができるであろう。しかも患者の多くは、もともとが自己主張の強いタイプではない。こうした患者の多くが社会復帰をしていくためには、心理社会的なリハビリテーションと支援が必要である。リハビリテーションというのは、作業や仕事、社交などの能力を高めることが目的だが、それと同時に、人間の集まる場のストレスに順応し、対処能力を高めることも必要である。

こうした患者の、あるいは家族の意気をくじくのは、社会からのスティグマないし偏見である。自己を主張しにくい統合失調症の患者は、スティグマの影響を受けやすい。スティグマの原因はさまざまである。たとえば報道では、患者の日常の姿が報じられずに、犯罪事件に関心が集まってしまう。もう1つの原因として、この病気が「精神分裂病」と呼ばれていたことがある。精神のまとまりにくさは、誰であっても、また、他の疾患の症状としても、多かれ少なかれ見られるものである。あえてこの病気に対して、精神分裂などという恐ろしげな名前を付ける必要はない。

実は原語ではschizophreniaとなっているが、これは言葉の連想が分断した精神障害という意味であって、精神そのものが分裂したという意味ではない。この疾患の名称が統合失調症に変更されたのは、医学用語自体がスティグマの源泉となるという事態を避けるためである。それと同時に、この病気について、誤解の少ない理解を一般に広めるために、表2のような説明が用意されている。

表2:統合失調症の一般向け説明

(日本精神神経学会「精神分裂病の呼称変更委員会」作成)
「統合失調症」とは、以下のような特徴を持った精神障害のひとつです。

1 統合失調症とは、直接の原因がないのに考えや気持ちがまとまりにくくなり、そのために本人が困難や苦痛を感じたり、回復のために治療や援助を必要とする状態を指します。実際には、いくつかの異なった病気の集まりであろうといわれています。失調というのは、一時的に調子を崩したという意味で、回復の可能性を示します。
2 根本的な原因はまだわかっていませんが、何らかの脳の機能異常と心理社会的なストレスなどの相互作用が関係すると考えられています。
3 日本全国で67万人の患者さんが治療を受けておられます*)。また、一生の間にこうした状態になる率は、およそ100人に1人とされています。
4 まとまりきれない心の内容が、現実とは異なった形を取り、幻覚や妄想となることがあります。これは脳内の情報伝達物質がバランスを失ったためで、その多くは薬が効きます。幻覚や妄想は、他の病気にも見られるものです。
5 薬や心理社会的な介入による新しい治療法が普及し、社会参加をめざしたリハビリテーションも進歩しました。早期に適切な治療を行うことによって、今では多くの患者さんが回復し、社会参加しています。ただ、一部には疲れやすさや神経の敏感さが残ることもあります。
6 どうやって社会参加を支援していくのかということが、これからの課題です。そのためには心ない偏見を無くしていくことが重要です。

2014年警察不祥事まとめ

※今年は早くも警察署内での自殺が3件、飲酒運転も増えてきています。
殺人(1件)
暴力(3件)
恐喝(未遂)(1件)(※2013年の発覚)
不法侵入(1件)
個人情報の不正閲覧(3件)(※2013年の発覚が1件)
盗撮(2件)
迷惑防止条例(つけまわし)(1件)
痴漢(1件)(※2013年の発覚)
警察内での悪質ないじめ・パワハラ(3件)(※2013年の発覚が2件)
部下に銃口をむける・銃刀法違反(1件)
窃盗・万引き(2件)
酒気帯び運転・ひき逃げ(4件)
器物破損(1件)
脱法ハーブの吸引(1件)
詐欺(未遂)(1件)
警察署内での自殺(3件)
交通違反のでっちあげ(1件)(※2013年の発覚)
手錠等の紛失(1件)
※その他(2件)


警察も同じ人なので悪いことはするでしょう。

私も数々の悪さをしてきました

しかし、国家権力を持つ警察が交通違反のでっちあげは

余りにもふざけてはいないでしょうか

これは、氷山の一角で違法捜査やでっちあげが増えつつあるようです。 このような状況が続く限り冤罪が増えていくのではないでしょうか。  今の警察のあり方に疑問を抱きます。

平成七年から、都賀川清掃活動を行っている模様














世間では暴力団追放、暴力団排除と騒がれているが

このような活動をしている任侠団体を無くしていいのだろうか!

組織が大きくなればなるほど道を踏み外す者が増えます。世間の皆様が知っての通り任侠団体(ヤクザ)は,そのようなことが

おこりやすい世界です。それは我々は受け止めなければなりません。

ですが、一般市民を守る立場のある警察が同じように組織が大きくなり沢山の不祥事を起こしてます。 

それこそが本当に怖い問題ではないでしょうか。


その三   

侠客 清水次郎長

新門辰五郎の兄弟分であり幕末の侠各として名を売った、清水次郎長こと山本長五郎は、文政3年(1820年)正月元旦、駿河国在り有渡郡清水町美濃輪町の高木三右衛門(雲不見三右衛門)の次男に生まれ、望まれて実母とよの弟の叔父で、米穀商の甲田屋の主人山本次郎八の養子と成った事から、「次郎八のところの長五郎」が訛って、『次郎長』という通称になったという。

幼少時代の次郎長は手のつけようのない悪餓鬼で、当時、問題児の預かり子という教育習俗があり、次郎長も親戚門人の間で預けられる事となる訳だが、悪童ぶりを発揮して次々に断られ盥回しにされたが、反抗の域は益々高揚し終いには、その預け先の村全体を敵に回すに至ったという。

そんな悪童振りも抵抗するのが馬鹿らしくなって、数え年15才で初めて悔悟の色を見せたとある。

15才で養父母の下に戻った次郎長は、養父次郎八に申し出て、江戸に出て一旗揚げようとするが聞き入れられる訳もない。次郎長は思いあまって養母の隠し金四百五十両を盗んで江戸に向かうが、途中三島宿で捕え連れ戻されてしまう。養父が持って出た金を回収しようとしたが有る筈の四百五十両の金の内、三百両しか持っておらず、百余両の辻褄が合わない。起こった養父は次郎長を真っ裸にして追いだしてしまう。

次郎長は、それを見越して隠して置いた百余両の金を持って江戸に向かい、養父の取引先の仲買商に託し米相場に投資、高値の処で精算してたちまち一攫千金を得て清水港へ土産を山積みにした舟で凱旋した。

甲田屋の前に土産を山積みにし、借りて居た金も返した上でこれまでの悪行を詫びたという。

養父の次郎八が天保6年(1835年)に死去した為、次郎吉は甲田屋の主人と成り、四、五千両の遺産を名目上相続するが、財布を握った養母の放漫な濫費から家産は日々衰えて行き、終いには情婦を作って有り金持って出奔してしまった為、次郎長は妻帯して勤勉これ努め、傾きかけた甲田屋を盛り返すほどであったが、一方では博奕や喧嘩を繰り返し、天保14年(1843年)喧嘩の果てに人を斬ると、妻を離別して実姉夫婦に甲田屋の家産を譲り、江尻大熊ら弟分と共に出奔し無宿人となった。

無宿人と成った気軽さからか放縦無頼な生活であったが、唯一、実践に備えて武術の鍛錬のみ熱心であったらしく、旧備前藩士浪人小川武一(吉良の武一)に弟子入りし、必殺の剣技を習得したとある。

弘化2年(1845年)には甲斐国鴨狩津向村(市川三郷町)の津向文吉と次郎長の叔父和田島太右衛門の間で出入りが発生し、次郎長はこれを調停している。

諸国を旅して修行を積み交際を広げた次郎長は、やがて清水湊に弘化4年(1848年)28歳にして江尻大熊の妹おちょうを妻に迎え、一家を構えた。

この時代の次郎長の事跡については明治初期に養子であった天田五郎の『東海遊侠伝』に詳しい。

 憲法改正について、歴史サイトである当ホームページも簡単にふれてみたいと思います。

 そもそも、憲法改正ってよくわからん!という方のためになるべく分かりやすく、出きる限り詳しく説明しますね。ちょっと、長くなるかも・・・。

 

 憲法改正賛成派の人々の意見



 まず、現在の日本国憲法の成り立ちについて知っておきましょう。

 太平洋戦争に負けた日本にアメリカからマッカーサー(サングラスにパイプの怖そうな人だね)がやってきましたね。そして「お前らの今までのやり方は間違っていたんだから、憲法変えろよな!」と命令してきたんです。



 そこで、日本は松本国務大臣っていう人を中心に「分かりました憲法作りま~す」ってことになったんだね。これが1945年10月25日のことです。

 しかし、この松本案が1946年2月1日に毎日新聞にスクープされちゃう。当然、マッカーサーの耳にも入るわけです。それを見たマッカーサーは、「うぁ、全然ダメじゃん。もういいや、俺たちで作っちゃえ。」ってことになりました。そして、連合国側で日本の憲法の案をまとめる作業に入ってしまった訳なのですが、驚くことにこの憲法草案の作業に加わった人達の数は”
なんと25人!”少ないですねぇ。しかも、別に憲法の専門家という訳でもないのですよ。適当に「君と君、あと名前知らないけど、君でいいや」みたいな感じ?

 2月8日に松本案はGHQに提出されますが、そんなの認められる訳もなく却下!だって、すでにGHQ側で憲法作り始めちゃってますからね。そして、2月10日にはGHQ側での憲法の草案はまとめられ2月13日には、この憲法草案は日本政府に渡されました。「はい、これでよろしくね」って具合です。

1945.10.25 松本案(憲法起案委)発足
1946.02.01 毎日新聞により松本案のスクープ
1946.02.03 マッカーサー、GHQに起案を指示
1946.02.10 GHQによる起案の終了
1946.02.13 GHQによる起案の完成。日本政府に渡される。


 つまり、現在の日本国憲法は、連合国側のたった25人の人たちが1週間ほどで作り上げた憲法だということです。(まぁ、実際には日本の衆議院で若干の修正が施されてから制定されていますが、GHQによる押し付け的な面は否定できませんね)

 実際、現在の憲法には、現在ではおかしいと思える箇所も多々あります。




10月22日(月)の本会議にて、暴力団排除条例について反対討論を行いました。

正直、すごく、すごく悩んだ末の討論でした。
ですので、賛成する側の意見も理解出来ますが、私が課題と感じたことが少しでも、今後の対策に役立つことが出来ればと思っています。

反対討論の内容を下記にシェアします。
討論の後に、参考になったリンクを紹介しましたので、ご覧頂ければと思います。

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議案第50号 東京都板橋区暴力団排除条例原案可決に対し反対の立場から討論をさせて頂きます。

まず、反対討論をする前提ですが、暴力団が反社会的な組織である事は申し上げるまでもなく、法に背く活動を進める暴力団の擁護をしたいわけではありません。

今回の反対討論において、私は、現状の暴力団排除条例には大きく2点の問題点があると考えています。

1点目として、一般の事業者や区民を、暴力団の矢面に立たせる事の問題点について述べます。

平成3年に成立した暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律、通称「暴対法」は暴力団員に対して、みかじめ料の要求や乱暴な言動による債権取立などの不当な行為を規制する法律です。一方で暴力団排除条例は暴力団を規制するというよりも、むしろ私たち行政や、一般の事業者、区民の側に暴力団を利することのないよう、その責務や役割を定めているということが大きく異なる点です。

しかし、条例を守り、暴力団との関係を根絶しようとした市民を守りきれず、犠牲が発生しています。例えば、暴排条例を全国に先駆けて施行した福岡県の北九州市では今年8月以降、「暴力団員立入禁止」のステッカーを掲示している飲食店関係者が襲われる事件が4件発生しました。繁華街の飲食店の女性経営者が暴力団員により切りつけられたり、商店が放火されています。暴力団による「見せしめ」の可能性が指摘されています。

条例による経済制裁は一定の効果は上がり、組に対して上納金を払えなくなり、組員が減ったところもあるようです。しかし、新たな犯罪グループが結成され、困窮した組員の暴発が起こり、市民を危険に負わせています。暴力団の組織は減っても地下組織化し、マフィアが増えるとの指摘があります。暴力団がダミー会社をつくる場合もあります。

ただ排除するのでなく、社会の一定数は悪さをする人がいる、ということを前提に検討せねば、犯罪は総体としては減らないでしょう。

また、警察が一般市民を守りきれるかと考えると、守りきれないと言わざるを得ません。よって暴力団排除で市民が矢面に立たされる条例には賛同できません。暴力団についての情報について通報義務を課す程度に留めるべきではないでしょうか。

2点目として、条例で人間関係まで強制されている事の問題点について述べます。

私自身は条例で暴力団や、その関係者、特定の人物と関わるなと条例で定められる事に疑念を持っています。

排除に値する暴力団やその関係者とは警察のリストに掲載されているとの事ですが、関わるなと言っても、その基準は不明確であるという事です。例えば警視庁のHPでは、暴力団と一回食事をしたくらいでは、暴力団と関係があるとはいえないが、頻繁に食事を共にしていると、密接な関係者と認識されるとの事です。しかしその「頻繁」の判断は警察に委ねられてしまいます。暴力団員でない一般市民が、もし暴力団関係者と認定されると、行政や、暴力団排除に取り組む他の事業者との契約はできなくなり、社会的制裁を受けます。ここで問題となってくるのは警察の恣意性で決められてしまう事です。暴排条例で被害に遭いやすいのは社会的弱者になりやすいことも想定できます。

本来、罰は殺人や詐欺などの犯罪行為に対して課すべきであり、警察の恣意性によって判断可能となるのは危険性が高いという事です。

行為に対してでなく、団体に対して罰する暴排条例とは、憲法の基本的人権に抵触するかが問われた判例もあります。

平成21年5月29日に広島高裁は、暴力団構成員という地位は、暴力団を脱退すればなくなるもので、社会的身分とは言えず、暴力団のもたらす社会的害悪を考慮すると、暴力団構成員であることに基づいて不利益に扱うことは、合理的差別として許されると、広島市暴力団員市営住宅明渡訴訟判例で述べています。

よって条例は憲法の基本的人権に抵触しないとの判例ですが、すでに申し上げた通り、なお課題があるといえます。

以上、2点の理由により本議案に反対し、討論を終わります。


「福島を忘れるな」を合言葉に、国会前で原発ゼロを訴える人たち=9日午後、東京・永田町、河合博司撮影
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 東日本大震災 が起きた「3・11」を前に、改めて脱原発 を訴えようと、市民グループが9日、東京都 内で大規模な集会を開いた。首都圏や被災地から集まった参加者らが「未来のために再稼働反対」などと訴え、首相官邸や国会周辺をデモ行進した。「首都圏反原発 連合」など3団体が呼びかけ、主催者発表でのべ3万2千人が参加した。

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