元旦、少々眠い目をこすりながら入念にストレッチを行い沢山着込んでウォーキングに出かけました。二年参りをしていないたぬきは、初詣を兼ねて近隣のお寺を巡りました。
新春早々写真撮りまくり(汗)で枚数が多くなりましたので、2度に分けて掲載します。
スタートは自宅から
自宅下の市道から伊賀良、市街地方面です。うっすらと雪景色。
雪の元旦は久しぶりのような気がします。しかしそれほどは積もっておらず歩きやすい。
丸山の湯を過ぎて天竜橋へ。紅い橋に白い雪、こりゃあ紅白で正月からメデタイ。‥のか
最初の目的地である「長石寺」です。
このお寺では、毎年旧暦2月の初午日前後の日曜日に「時又初午(はつうま)はだか祭り」がおこなわれています。鎌倉時代に当地の領主が戦勝の感謝と戦で死んだ兵の供養のため、このお寺に木馬を奉納した事が始まりだそうです。
祭り当日は境内で各種祈願を行った後、半裸の若者達が神輿を担いで天竜川の急流へ胸までつかります。祭りの名前の由来はここからきています。
幸いにしてたぬき、対岸の地区ですので参加することはなく、冷たい急流の天竜川に入るという荒行(?)に耐えた事はございません。(むしろ脂ののりきった裸体を晒す事のほうがキツイ)
また、この長石寺の本堂は飯田市の有形文化財にしていされています。施された彫刻が見事です。詳しくは同じアメブロのややさん
のブログに詳しく紹介されています。↓
http://ameblo.jp/yaya1970-2/entry-10213490140.ht
お参りを済ませ戻ろうとすると、山門よりちょうど新天竜橋が正面に見えました。この門からの風景もずいぶんと変わってきたのでしょうね。
新天竜橋を時又側から見たところです。丁度雲間より朝日が差してきました。白い雪に伸びる影が印象的でした。
左手より日差しを受けながら、次のお寺へと歩きます。雪の上には二年参りに歩いた方たちの足跡が転々。
国の重要文化財に指定されている山門があるお寺です。開山は1335年ですので南北朝の時代!その頃既にここにはお寺があったとは‥たぬきのご先祖様達はそのころいったい何処で何をなされていたんでしょう?遠い昔に思いを馳せます。
この山門は室町時代の建立。1954年に国の重要文化財に指定されました。
もともとは三間楼門(柱間3間の2階建て門)だったものが、現在は単層切妻造になっているとの事。ということは、創建当時はもっと大きかった‥この山門も含めてさぞかし壮麗な大伽藍が広がっていたんでしょうね。
開善寺を後にして、天竜川の右岸沿いを南下します。
JR飯田線の鉄道橋をくぐって‥
うららかな日差しに誘われてか、犬を連れた方やお孫さんを連れた方、子供を抱いた同級生らとすれ違いました。堤防上で風は強いものの、自動車の心配をすることなく散策できる道路です。郷土にこんなすばらしい環境があることを本当に感謝します。
天竜川総合学習館「かわらんべ」の少し下流にてぱちり。「防寒ウォーカーたぬき」です。ここから上流の景色が大好きです。
左手下には烏帽子岩やライン下りの発着場、上には胡射(こや)橋が見えます。
開通すれば、県道から天竜峡、そして三遠南信自動車道の天龍峡インターへのアクセスが格段に向上します。これからの天龍峡の観光振興に重要な道路になります。
胡射(こや)橋の上から天竜川の水面を見ると、初春の陽光が流れにきらめいていました。
②へ続く