「八王子つばめ塾」の小宮代表が、次のタイトルの記事をシェアしていました。

 

『子供の貧困、対応分からず教員の半数、NPO調査』

教育新聞 2018年9月21日

https://www.kyobun.co.jp/news/20180921_02/

 

貧困状態の子供を見つけたときに「十分な対応を取れるか分からない」と答えた教員が半数に上る、との結果をあるNPOが発表しました。

対応が十分にできていない理由として挙げられていたのは、

 

「プライベートに関わることなので、どこまで踏み込んでよいのか分からない」

 

「家庭から学校に話をしてくれれば対策も考えられるが、こちらから言いにくい」

 

気になる子がいても、家庭の中にまでなかなか入り込むことができない先生たちの姿が浮かびあがります。

 

 

こういう記事を読むと、思い出すのが、ボクシングの辰吉丈一郎さんのお父さんと中学のときの担任の依田先生のエピソードです。

 

辰吉丈一郎のボクサーとしての資質を見抜いて、大阪帝拳ジムを紹介し、プロへの道筋を作ったのは依田先生でした。

 

そのエピソードは、こちらの『辰吉三代物語』に詳しいです。

https://news.goo.ne.jp/article/dailykansaicolumn/entertainment/dailykansaicolumn-20161018029.html

 

 

『辰吉三代物語』を読むと、依田先生と辰吉丈一郎のお父さん粂二さんの関係の深さに驚かされます。

 

丈一郎が生後まもなく離婚した粂二さんは、男手一つで丈一郎を育てるために、育児の時間が取れるパート勤務をします。

 

生活は苦しく、極貧の生活のなかで、団地の中庭に手製のサンドバックを吊り下げて、親子でボクシングの練習を1日も欠かさず、夜の9時から1時間していました。

 

その様子を自宅訪問した依田先生が見て、

 

「これは本格的な練習だ。ひょっとしたらボクサーとしてモノになるかもしれない」と直感します。

 

単なる直感だけではなく、依田先生のすごいところは、辰吉少年の小学時代の出席状況まで調べたことです。

 

義務教育9年間で欠席ゼロ

 

これだけの健康体ならプロの厳しい練習にも耐えられるだろう、と判断

 

ここまでやる先生がいるだろうか

 

執念を感じる。

 

依田先生が本気だったのは、大きな理由がありました。

 

辰吉少年が高校に行くことは、経済的に無理だろうと思い、自立する方法を真剣に考えていたからです。

 

 

周囲から蔑まされ、ひそひそ話をされるような貧しい生活。

 

独自の信念を持って子育てしているとはいえ、夜中に外でスパーリングをする変わった親子

 

しかも学校でも、ヤンチャを通していた丈一郎

 

地域から浮いている親子に、敢えて踏み込んでいった依田先生を動かしたものって何だろう?

 

『辰吉三代物語』を読むと、粂二さんの子どもに対する深い愛情に対して、依田先生が心から敬意を払っていることがわかります。

 

 

~『辰吉三代物語』より~

 

 「父ちゃん、僕はバカかな?」と聞いた丈一郎。「お前はバカじゃ」と答えた粂二。しかし、この先「お前はバカにはならないかも知れない」と言って聞かせた。「お前は今やっていることがあるから。人間、何もない人、なんの努力もしない人が、馬鹿になっていくんだ」

 「先生な、今ごろの親ってダメじゃろ?何でも手を出しすぎる。子供に何もさせないようにするのはどうかな。10メートルの赤いじゅうたんを敷いて、きれいに掃除してやって歩かせる。今の親ってそうじゃろ」

「何でもかんでもしてやるんじゃなくて、冒険させたり失敗させたりしないと子供は育たないという考え方。三輪車で坂道をこぎ出したらこけるのはわかっている。でも、手を出したらいかん。そんなんで死なへん。そういうことをずっと言っていた」と依田

 

「30歳頃に聞いたお父さんのそういう話が僕の基盤になった」

 

周囲の偏見に左右されず、肩書や学歴で人を判断しないで、物事の本質を見ることができる先生だと思いました。

 

その後、52才の若さで倒れた粂二さんを病院に運び、間に合わなかった丈一郎の代わりに最期を看取ったのも依田先生でした。

 

 

「援助を偶然や幸運に任せてはいけない」とよく言われます。

 

でも、今後AIやロボットが発達して、人間が作るより精巧なマニュアルやケアができたとしても、

 

やっぱり、人と人との出会いは大きい。

 

そんなことを感じさせる話です。

 

 

写真は、辰吉丈一郎の本を読む依田先生と父・粂二さん

出典:https://blogs.yahoo.co.jp/joe_foreverjoe/31128213.html

 

 

 

 

 

 

 

 

#109 土曜学習会

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久しぶりの更新です。

 

きょうは、高槻つばめ学習会に来てくれた3人の学生さんの感想を紹介したいと思います。

 

しっかり自分のことを考えつつ.

子どもたちには優しく。

こんな若者がいるから、

日本の未来も明るいと思えてくるな。

 

自分自身がこういう体験をするのは初めてだったので、最初の方は正直どうやって接していいのか全くわかりませんでした。

でも1度問題を教えてあげると、小学生の緊張もほぐれたように感じ、そこからはどんどん分からないところを聞いてくれるようになりました。その時はすごく嬉しかったし、その期待に応えてあげないといけないと感じました。

今日少しでも参加した小学生がためになったと感じてくれてれば嬉しいです。

 

大学生講師 井前

 

 

 

 

 

はじめはなめられるかな、教えられるかなと不安が大きかったのですがやんちゃで可愛くて、でも勉強はちゃんとできるみんなと過ごす時間が大好きになりました。

まだまだ上手に勉強を教えられないときもありますが、小学校の先生になりたいとより思うようになりました。

 

特にこの前の英語の授業で思ったのですが自分よりたくさんの経験を積まれている大人の方にいろいろなことを聞けたことは自分にとってとても貴重で有意義な時間でした。

学校の先生を目指している方もいると聞いているので、その方はもちろんもっといろんな方とお話してみたいです。

高校生の間に小学生の先生を出来て幸せです。あと半年間よろしくお願いします。

 

 

高校生講師   小宮

 

 

 

私は、現在大学二回生なのですが、高校生の時に無料塾という存在を知りました。

そして、無料塾について知れば知るほど、学習支援や学童ではなく、『塾』である点や、学力をただ身につけるのではなく、第一志望の学校に進学するための機関と周知されている塾が、『無料』である点に、当時の私はどんどん興味がわいていました。

 

そして、いざ活動に参加してみると、思っていたよりも普通の子が多いな、と感じました。

私は大学で教育文化学科に所属しており、多くの講義で子どもたちの経済格差やそれに伴う学力格差などの問題について学んでいます。教授は直接的には表現していませんが、やはり、格差の最中にいる子どもたちは苦しい状況にいて、可哀想、との印象を受けました。

だから私は参加する前に、当たり前のように有料塾に通い、高校は公立でしたが、私立の大学に通ってる私がボランティアに参加するなんておこがましいのではないかと思っていました。

 

しかし、前述しましたが、みんな普通の子たちでした。元気で明るくて、今を楽しんでいるように感じました。

子どもなのだから、この世界には親がお金持ちで楽に生きている人がいることなど、知らないと思います。

世界がまだまだ小さいので。

 

いずれ格差を知ったとして、子どもたちがどのように感じるかはわかりませんが、子どもたちはみんな同様に元気なんだなと気づかさせました。そして、高槻つばめ会の子どもたちがこんなにも元気で明るいことは、勉強してるだけでは気づけなかったと痛感しました。本当に参加してよかったです。

 

また、高槻つばめ会に参加し、授業や授業以外の校外活動の内容を知り、私は学校以外の学習の場は、ただ進学を目的とするのではなく、多くのことを体験するものであるべきと再認識できました。

高校生まで勉強は受験のためにしかしてこなかった私は、大学生になって初めて勉強が楽しいかもと思えました。

なぜなら、私が知りたかったことを学べているからです。

その楽しいをつばめ会の子どもたちに今知ってほしいと思います。

 

そして、何よりも、より多くの人に無料塾の存在を知ってほしいと思いました。

私がつばめ会に参加する際に教授や友だちに無料塾の話をしても、ほとんどの人が知っていませんでした。

どんなに素晴らしい活動が行われていても、知らなかったら参加すらできません。

もっと色んな人が子どもたちの教育について関心がある社会になれば、自然と広まるのになぁと感じました。

また少しでも興味がある人がいるなら、どんどん行動してほしいとも思いました。

 

大学生講師  矢追

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

6/23の学習会、7/1の京都体験ツアー、7/7の学習会はそれぞれ地震と雨の影響で中止にしました。

 

 

今までは「やらない後悔よりやった後悔の方が絶対いい」をモットーに、何でも楽観的に考えて無理してもやってきました。

 

 

それが地震の後では、「あの時やらなかったらよかった、という後悔はしたくない」「最悪のケースを考えて行動しよう」と考える自分がいます。

 

 

空振りでもいいからと思いっきりバットを振っていたのが、ストライクでもバットを振らないで見逃し三振しているような気分です。

 

 

学習会がない日にも、何人かの講師さんとグループチャットでいろんな計画を進めています。

 

 

あの日は英語のあれができたのになあ、などと思い出すと悔しいですが、こんな時は、この諺を思い出すとします。「人間万事塞翁が馬」

...

 

「つばめ通信第12号」を発行しました!

 

 

ジュンク堂高槻店の新書コーナーに、高槻つばめ学習会のPOPを飾ってくださっています。ジュンク堂さん、ありがとうございます!

 


#無料塾
#高槻
#つばめ学習会
#学習支援ボランティア

 

こんな時こそわかること

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昨日は、ある講師さんが、水道ガスが止まっている地域の生徒のために、高槻では品薄の水のいらないシャンプーやガスポンベなどを奔走して手に入れてくれて配ってくれました。仕事が終わってから奈良まで商品を探して回り、車を飛ばして高槻に着いたのは夜の8時過ぎ。

 

 

 

 

 

連絡係として困ったのは、最初の一斉メールではみなさん遠慮されて、なかなか必要なものがわからなかったこと。二度、三度やり取りするうちに、ある校区が水とガス両方で困ってること。別の地域は水だけ出ないことがわかり、集合場所を二ヶ所に分けて集まってもらいました。

 

 

 

 

 

うちは大丈夫だから他の人に回してくださいと言ってくれた保護者の方や生徒が多かったですが、配った後メールが来て、「恐縮してますが、水や食料が備えられて気持ちが楽になりました」「今日も明日も仕事があるのに品物を探してくれてありがたく、私も頑張ります。知り合ったお母さんとも話ができてよかった」と。

 

 

いつも後ろ指指されまいと突っ張っているとしても、こういう時は甘えてもらいたいですが、それも許さない社会の一面があるのでしょうか。昨日繋がらなかった人で孤立してる人がいないようにと思います。

 

 

かと思えば、ふだんはお母さんと二人なのに、避難して来た親族や知人で今は6人です。という高校生がいました。彼女の優しい性格は、こういう環境から来てるのかなと思いました。またスタッフのNさんが、うちは水が出るから、大変なところの子どもたちにお風呂に入りに来てほしいわと言ってくれたことも嬉しかったです。

 

 

こんな時だからいろいろなものが見えてきます。今まで当たり前のように開催してきた学習会ですが、子どもたちと講師さんたちが集まってみんなで勉強できることのありがたみを感じています。今週の学習会は中止になりましたが、6/30の土曜学習会と7/1の京都体験ツアーいずれも予定通り開催できればと思っています。

#無料塾

#高槻

#つばめ学習会

#大阪北部地震

 

 

 

 

海は広くて大きくあれ

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2年前のきょう、高槻で無料塾を作るために八王子つばめ塾さんを見学に行きました。

夕方の見学の前に、江ノ島に海を見に行きました。梅雨の真っ最中なのに、快晴そのもの。眼下に広がる太平洋を見ていると、すごく幸先がいいような、無料塾がうまくいくような気がしたことを覚えています(こんな単細胞人間なのでなんとかやれてるのかもしれません…)

八王子に移動する電車に乗っていると、お洒落な制服を着た私立の小学生。小学校低学年の女子二人が乗って来ました。S南白百合の生徒さんのようです。

古い例えですが、獅子文六の小説に出てくるような東京弁を話す二人。一人の生徒さんは、席を譲るために立ち上がり、ドア付近で窓の景色を見ています。

きちんとしているなあ。恵まれた家庭環境が想像できました。

そして八王子に着いて南大沢教室に行くと、下駄箱のところで、慌ててやって来た様子の女子高校生さんと鉢合わせしました。

私が「大阪から見学に来ました」と言うと、「そんなに遠くから来てもらうんだったら、頑張らないとダメですね」と言ってニコッと笑って、中に入って行きました。

その時の笑顔が、本当に自然で、関西から来たおばさんの心は鷲づかみされました。

経済的に恵まれた家庭に生まれるかそうでないかは、偶然の紙一重。

それでも子どもには、そのことを受け入れるのが辛い時がある。乗り越えられない、もう無理だと希望が持てなくなる時がある

女子高校生さんのような自然体の笑顔で、飾り気なく自分自身の人生をこれから先も行きていけるといいな。そのために無料塾で何ができるのか考えたい。そう思って大阪に帰りました。

それから2年間。
やればやるほど課題の出てくる無料塾の活動ですが、自分の心が狭くなりそうな時は、2年前の海の写真を見て、初心を思い出しています。








2018年6月に高槻つばめ学習会は2周年を迎えます。

実際に団体を立ち上げたのは、2016年の5月ですが、私の中では、生徒ひとり、講師私ひとりで学習会を始めた6月25日が、実質的なスタートだと思っています。

 

 

そして2周年を迎えた現在、登録講師さんは50名を超えて、毎月約40名のボランティア講師の方が参加してくれています。

 

 

プロダクションで言うと、所属タレントのオールキャストで一本映画が撮れるかしらみたいな。大河ドラマの主要キャストが担えそうみたいな。

 

 

ところがどっこいそう甘くはなく、人数が増えれば増えるほど、私は心配になりました。

 

 

うちは、「来られる時に来てください」というスタンスで来てもらっています。ボランティア。しかも無償なのですから、文字通りボランタリー(自発的)な意志が最優先です。

「行きたい」「行こうかな」と思った時に来てくれたらいい。またそういう時に、人間は力や魅力を発揮するものです。

 

 

毎月定期的に安定して来てくれる講師さんが、ドラマの『西郷どん』で言えば、西郷家だとか、島津家だとかの主役級、準主役級の重要な役どころだとすれば、出演回数や時間は少ないけれど、なかなか印象的な演技をする人もいて、そこに絶妙なハーモニーが生まれたらいいなと、いつも思っています。

 

 

だけど、ここまで人数が増えると、一同が一度に会するということすらほぼ不可能。誰が西郷で、誰が大久保かもわからない。というか、「来年は『西郷どん』をやりますよ」「ドラマのコンセプトはコレコレですよ」とアナウンスする場面もない。

 

 

「これは絶対いかん」と危機感を持ちました。

 

 

去年の12月に「お楽しみ会」と名付けて一同が集まる場を持ちましたが、その時に分不相応に広い部屋を取ったのも、生徒や保護者さん、講師さん、そのほか高槻つばめに関わる人たちにできるだけたくさん集まってもらって、「来年やるのは『西郷どん』ですからね。ドラマが盛り上がるように張り切っていきましょう」と確認したかったからです(会計のFさん、フォローしてくれて感謝です。いつもですけど..)

 

 

新年度に入って3か月目。現在ドラマの『西郷どん』は、西郷は島流しにあうという苦境にあって、その中で2番目の奥さん役の二階堂ふみさんの存在感が絶賛されています。特別な存在感を残して去っていくタイプの講師さんはうちにもいます。

 

 

そして地味だけど、縁の下の力持ちに徹して主役や準主役を引き立ててくれる渋~い講師さんもいます。どちらかというと、控え目なタイプの講師さんが多いので、先輩役者さんは、後輩に演技(教え方)のアドバイスしてあげてください、ということをたびたび言っています。

 

 

ワガママによる出演ドタキャン。

「こんな役を私にやらせるの?」的な女王様。

演出に食ってかかる勘違い俺様的意識高い系もおらず、プロダクション社長としては、関係方面に頭を下げる心労もなく、非常にありがたいです。

 

 

「ああ、この会の演技は最高だったよ。観客(=生徒)も喜んでいると思う」スタジオの陰でそっとみんなの演技を見ていて、そんな瞬間がありますが、それをみんなと共有できないことが本当に残念なのです。

 

 

今月から卒業した高校生たちの受け入れを始めます。

はてさて、『西郷どん』の新展開と同じく、今後の高槻つばめプロダクションの所属タレントさんたち。どんなパフォーマンスを見せてくれるのか、乞うご期待です。

 

 

 

 

#無料塾

#高槻

#つばめ学習会

#学習支援ボランティア

#西郷どん

 

 

 

 

2017年の途中からブログに向き合えなくなったのは、「言葉は無力」というか、言葉以上の現実に圧倒されることが多くなったことが原因かもしれません。

 

生徒もボランティア講師も人数が増えて、表面上活動は順調だったのですが、もっとこの活動の本質的な核になる部分で言葉の無力を感じていました。

 

学習支援以前の事情や課題がある子どもがいて、中途半端に関わるのではなく、関わるのか関わらないのか、という自問自答がありました。

 

自分自身が迷っていた時に、会いたいなと思った人がいます。

 

もう一昨年になりますが、高槻つばめ学習会のHPから問い合わせをしてきたシングルマザーの方でした。

 

「娘は、もう19歳だけれど、中学時代、塾に行かせてあげられなかったことを、今も可哀想に思っています。年齢は超えているけど、そちらで勉強させてもらえないでしょうか」という内容でした。

 

その当時は、今のように講師数も多くなく、受け入れるという選択肢がなかったのでお断りしました。

 

それでも、その後もずっとそのお母さんのことが、私の心から離れませんでした。

 

だから、活動の核になるものを見失っていたときに、このお母さんに会いにいこう、と思いました。

 

その方が働いているお店に行くと、20才ぐらいの従業員の女性が受付にいました。

 

お客さんが少ない時間を見計らって行ったので客は私一人で、なんとなく怪訝な表情のその若い女性に、「○○さんに会いにきたんですけど...」と言うと

 

「ああ、○○さんですか」とパっと表情が明るくなり、「○○さん、きょうはお休みなんですよ」と言うので、お菓子を言づけて帰ってきました。

 

その夜○○さんに、「活動する中で迷いがあって○○さんに会いに行きました。お店の若い人に慕われてるんですね」とメールしました。

 

次の返事が来ました。

 

 

 

昨日、茶山さんに接してくれた女の子も定時制で朝10時から17時までバイトしてから学校に行っている子です。

 

両親が働いていないので学費や生活費もだして頑張っている子なもんで、支えてあげなければと葉っぱかけて接しています。

 

何事もうまくいかないことが多いのは私でも一緒です。

 

が、そこで心が折れてては喜びも得られませんので、失敗は全然オッケーですので、諦めずいろんな形を試して下さい。

 

必ず何か見い出すことはできるかと思います。

 

私は今日もシップを貼りまくり、自分にエールを送り明日も朝から頑張ります。

 

だから、茶山さんも頑張って下さいね。

 

私でよければ後押しさせて頂きますから。フレ〜フレ〜茶山さん

 

 

○○さんや、この定時制に通っているような女の子を応援しようと思って無料塾を始めたのに

 

逆に励まされている

 

メールを読んで涙が出てきました

 

何やってんだろ、私

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝説の入江塾(1)

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かつて大阪にあった「入江塾」を知っている方はどれぐらいいるでしょうか

 

たぶん現在50代以上の方なら、灘校、東大合格者を次々と出した有名な学習塾の塾長であり、強烈な個性とカリスマ性でテレビに何度も登場していた入江伸氏の姿を懐かしく思い出すと思います。

 

いつも全身教えるエネルギーに満ち満ちていて、本気で生徒を叱責する姿。

 

高校野球やプロ野球の監督ですら、「昔のようなスパルタ式では今の若者はついていきません」という平成の現在。

 

入江塾のようなやり方は、もう時代遅れ。そこから学ぶことはないのでしょうか。

 

入江塾がスタートしたのは1957年。

 

その前年の1956年は、経済企画庁が経済白書の中で「もはや戦後ではない」という記述がされた年。

 

その後人々は経済的な豊かさを求めて、高度経済成長の波に飲み込まれていきます。

 

「一億総中流」という言葉が生まれたように、庶民であっても、「刻苦勉励すれば、社会的なステータスが得られる」という思いが強かった時代。

 

そんな時代の風潮の中で、入江塾が目指したものは、ただ「受験勉強の勝者になってエリートになる」ことだけだったのか。

 

入江塾が閉塾になったのは1986年ですが、その時に読んだ新聞記事で、入江氏の言葉が印象に残っています。

 

「社会に貢献するエリートを送り出そうと思ってやってきたが、今の官僚の不祥事を見ると、自分がやってきたことは何だったのかと思う」というような内容でした。

 

いま格差が問題になっていて、私自身もその問題意識から無料塾の活動をしています。

 

その中で、上り坂の時代で、絶望的な格差を感じることなく「努力すればいいことがある」と思うことができた昭和の時代を、美化するわけではありませんが、時々思い出します。

 

その中で、スパルタ塾の側面ばかり強調されていた「入江塾」って、本当はどんな塾だったんだろうという疑問がわきました。

 

当時灘校や東大合格者数を誇っていた進学塾ですから、高槻つばめのような「無料塾」の参考にならないのではないかと思いましたが読んでみました。

 

『伝説の入江塾は、何を教えたか』

 

読んでみてわかりましたが、「入江塾」は、「エリートをたくさん送り出したスパルタ塾」などという一語で表すことができない「深さ」を持った塾でした。

 

ーつづくー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以前このブログで『パートタイムで社会貢献』という記事を書きました。その時に、『働きながら社会を変える~ビジネスパーソン『子どもの貧困』に挑む~』という本を紹介しました。

 

投資の世界で仕事をする著者や別に本業を持った仲間が、親と離れ、施設や里親家庭で生活する社会的養護下の子どもたちの支援や、施設のための資金調達を行っているのです。

 

こんな風に仕事を持った社会人が、「子どもの貧困」に関わっていることが新鮮だったから紹介したのですが、あれから1年以上たった今、高槻つばめ学習会にも多くの社会人講師の方が参加してくださっています。

 

こうして集まってくださった善意の総意というか、熱意の総量というか、そういうエネルギーを私は生かすことができているんだろうかと、いつも自問自答しています。

 

たしかに参加回数や時間で言えば制約はあるのですが、そしていつも「無理しないで、みんなの知恵と時間の持ち寄りでやりましょう」と言っているのですが、制約の中でも、もっと目指せるものがあるはずと、そんな気持ちでいます。

 

そして、この一年の活動の中で失敗したことも多いのですが、それをやったことについてはまったく後悔はしていません。

 

なぜなら、無料塾の活動では、失敗から学ぶことが多く、その「貴重な失敗」をするためには、結局やってみるしかないという結論になるのです。いつも。

 

それでも、いつも前のめりにやり過ぎるのはなぜだろう。

 

思うに、他の無料塾の主宰者の人たちに比べて、年齢的に人生の持ち時間が少ないからかもしれません。

 

彼らの持ち時間に比べると私の持ち時間は3分の1だから、逆に3倍速で進まなくてはいけなくて、でもフットワークは悪くなってるから前のめりで、いつも倒れそうなのです。

 

フットワークはよくないけれど、無料塾に関することでアンテナに引っかかる人には誰にでも会いに行くし、つばめ学習会について話を聞きたいというリクエストがあれば、その人のところにはせ参じます。

 

最近、生徒4人講師20人の頃の、焦燥感でヒリヒリしていた頃のことをよく思い出します。

 

生徒集めのために師走の風に吹かれてチラシ3000枚を配ったときのことも。

 

結局このヒリヒリ感を失ったら、悔しさも緊張感もなくなってお終いなのでしょう。

 

他のことでは、他人の思惑だとか、面子だとか、利害関係だとか、「オトナの事情」が絡んでくるのが世の常ですが、無料塾というフィールドでは、直球を投げ続けていきたい私です。

 

 

 

 

 

 

無料塾の主宰者は、多くのタレント(=講師)を抱えてマネジメント業をするプロダクションの社長みたいだとブログに書いたのが7カ月前。

 

一度うちのオーディションを受けてみませんか?

10代からシニアまで、老若男女のタレント(才能)が所属しています。

 

と新しい講師の方を募集しました。

 

 

現在では登録講師は倍の40名となり、17歳から77歳までの年齢の幅もさることながら、人間の幅というか、得意分野、持ち味、職業など本当に多彩な方たちが集まってくださっています。

 

 

多くの講師さんが参加してくださる中で、いかに生徒の学習に連続性を持たせるかということが課題になってきました。

 

 

そのため塾用のテキストを統一したり、講師さんには一人一人の生徒のふり返りシートを書いてもらって、次回の担当者に申し送りをしてもらっています。

 

 

申し送りはリレーのバトンのようなもの。

 

 

「つないでいく」ということを大切にしたいと思っています。

 

 

ふり返りシートというのは、その回の学習で気づいたことを書いてもらうのですが、どうしても「○○ができなかった」「△△が苦手だ」みたいな書き方で終わってしまいます。

 

 

それはそれで間違った指摘ではないのですが、課題の解決を先送りしているような危機感を持ったので、以前こんなことを連絡網で伝えました。

 

 

ここでの授業は、「科捜研の女」シリーズをやる気持ちになってください。

 

毎回違う事件が発生するけれど、その回の最後には犯人が捕まって解決する。でもドラマとしては、同じシリーズで続いて行く。

 

犯人=その時点での苦手単元、苦手問題」ですが、最後には捕まえて終わってほしい。犯人が捕まらないで、永遠に to be continued は困ります。

 

 

こんな変なたとえ話でも意を汲んでくれるのが、ここの講師さんたちのすごいところ。

 

 

それからは、苦手単元が見つかったら基礎の基礎まで戻って説明してくれたり、説明だけに終わらず、演習をして苦手をつぶしていったり、ということが増えてきました。

 

 

先週の授業で、英単語を覚えるのに苦戦している中1生を教えていた教育学部3回生のYさん。

 

 

一緒に単語を発音したり、それを書いたり、ということを繰り返していました。

 

 

学習後に私のところに来て、

 

 

「フォニックスをやってみたらどうでしょうか。どうも発音とつづりを関連させて覚えられないようです。自分も大学の授業でフォニックスをやって、つづりと発音が結びついたので。教える先生もいるでしょう?」

 

 

そうかぁ。さっそく小学生の英語教室をしてくださっているY先生やK先生に相談してみよう。

 

 

それにしても、「次の配役は○○先生がいいんじゃないでしょうか」ってことまで提案してくるのがすごいなあ。

 

 

そんなことを考えていると、この日初めて来た講師のNさんが、前半授業を終えて帰っていきます。

 

 

 医学部の学生さんですが、電車に乗ってうちに来て教えてから、また電車に乗って個別で教えるのです。

 

 

市民劇団でボランティアで演じてから商業演劇へと向かう役者さんを見送るような気持ちになります。

 

 

演じるという点では同じ。

 

報酬という点では雲泥の差。

 

 

そういえばこの日は3人の新人講師さんが来ていました。

 

 

 初回なのに5分に1回ぐらい生徒を笑わせていたKさんのコミュニケーション能力のすごさに驚いたり、女子学生のKさんの志望動機は、「沖縄にいる祖父が放課後学習のボランティアをしているので志望しました」という素敵な理由だったけど、ここでのやりがいはどうだったかしら、と気になったり。

 

 

志望動機はそれぞれですが、集まってくださった熱意を生かして、そのおもいが生徒たちに伝わるように、プロダクションの運営側としては、ますます奮起していかなきゃと思うばかりです。