「音楽に政治を持ち込むなよ」炎上事件について | novel2017のブログ
つい先日、ツイッターであるタグが炎上した。それが#音楽に政治を持ち込むなよ というものである。
これは、フジロックフェスティバルにSEALDsの奥田さんが出演するというニュースが飛び交った時にできたもので、大きな反響を呼んだ。
元々の話をすると、フジロックには以前から政治的な思想を語る人たちが出演することはあり、別に今回もなんら不思議なことではない。そしてたとえ奥田氏が出ようとも、フジロックに行った人は皆聞かなければならないわけでもなく、その小さな小さなステージにわざわざ行かなければ耳に入ることもない。というわけで、大した問題ではないというのが一般的な論調だった。私もそれには深く同意する。個人的に奥田氏を一定の尊敬はしているし(意見は同意できないが)、頑張ってほしいとも思うので問題にする方がめんどくせぇなあなんて思ったりもする。
しかしこのタグは思わぬ方向へと向かう。「音楽に政治を持ち込んではいけないのか!?」という議論へと発展。私は音楽に政治は持ち込まないでほしい、と考えている。いや、正確にいうと「自分の好きなアーティストの音楽に政治を持ち込まないでほしい」だ。音楽に政治的なメッセージが含まれるのはよくあることだし、それはそれで自由なので勝手にすればいいと思うが、私が聴く分に関してはとてもじゃないけどウザいのでやめてほしい。私は一切聴かない。
(というのも、大体ミュージシャンの政治的思想ってバカバカしくて聴いてらんないんだよね笑 幼稚というか、極論ばっかだし。結局は主張したいというよりは目立った発言したいだけじゃん。と思うのです。思想に否定してないんだよ、人に否定してる。あいつの言うことだから悪いんだとか。あいつだから全てダメなんだとか。それって政治的か?といつも思うんだよね。)

しかしこのタグでは思いっきり炎上。「音楽に政治的な思想は昔からある!ピストルズも忌野清志郎もロックミュージシャンはみんなそうだった!」と。
私はここでふと思う。


それ、いる?


なんだかその批判がどうも的外れな気がして仕方がない。音楽はそもそも政治的な思想を持っていたなんて言われても、知らんがなって話じゃない。昔の偉人がしたからどうとかこうとか。それ意味ある?と思うのですよ。
例えばスポーツに政治を持ち込むなだったらどう?多分多くの人が賛同すると思う。実際WBC(野球のワールドカップ)でも、韓国と日本が対戦し、日本が負けた時、韓国がマウンドに国旗を掲げた時、日本でもすごいバッシングがあった。サッカーワールドカップでも、竹島は私達のものだ!と書かれたフラッグを掲げた時も日本の論調は「スポーツと政治をいっしょにするな!」だったはず。
しかしスポーツだってそもそも昔は国同士の争いに使われた手段であり、スポーツで勝った国は存分に勝ち誇れていたわけで。という事実を振り回されたらどう?昔の話をするな!と思わない?

それと今回はとても似ている気がする。そもそも、音楽に政治を持ち込むなという人も、音楽と政治が切っても切り離せない存在だと知らないわけではない。知っててなお言ってるのだと思う。まぁ、完全に切り離せ!というのは少々乱暴な気もするが、言いたいことはよくわかる。

またそもそも論をしてしまうが、例えばパンクで歌詞の内容に注目しないなんてパンク聴く意味ないとか本質を理解していないとかいうけど、そんなにパンクにとって歌詞が全てなら音楽なんかなしでわめいてりゃいいわけで。なぜパンクを聴くのかと言われればそれは音楽だからこそで。歌詞に注目しようがしなかろうが音楽としては成立しているし。
あと、こういう議論になると「若者は政治に興味がない」という論調になりがちだが、それも一概にそうとは言えない。現に私は十分政治に興味がある人間だが、音楽に政治はいらないと思っている。それは別に興味ないからでもなく、自分と相反する思想を聴きたくないからでもない。ただシンプルにそんなこと考えたくないからだ。それの何がおかしい?エステに行けば必ずフェラチオしてもらわなきゃダメなのか?別に普通にエステ受けてもいいじゃん。

そしてこの騒動、一つの大きな闇を見てしまった気がする。
このタグが一体誰が始めてどのくらいの人が賛同しているのか、全くわからない。わからないのに、あたかもこれが一般論として定着しているかのような扱いを受け、そしてそれに対し反対論者が一斉に群がって叩く。このタグをつけている人を検索してザーッとみても、誰一人として賛成している人がいない。もしかしたからこのタグに賛成する人はほとんどいないかもしれない。だとしたら彼らは一体何に怒っているのか。存在もしない意見に噛み付いているのか。炎上って時にはこうした正体不明の対象物に起きるのだと痛感した。もっと見極めないとね。


最後に繰り返すけど、私は政治的な思想はいらない。やるなら耳に入らないとこでやってほしい。私は人の思想には埋没しないようにしている。どれほどの聖人でも悪い面はあるし間違った意見や、自分と違う考えはあるに決まってるんだから。だから私は思想で判断する。この人のこの考えはいいね。この人のこれはよくない。人ありきで進めると宗教戦争のようなことにもなるし、こんな炎上騒ぎにもなる。奥田氏と意見が合わないのはそこだ。私にはどうも彼が安倍総理だから叩いているようにしか見えない。もう少し深い議論がほしい。

皆さんはどうですか?政治的な思想は音楽に必要だと思いますか?みんながそう、歴史がそうだからとかそんなことはどうでもいい。ビートルズだってただの人。歴史のせいで考えを否定されるのはいけない。もちろん、事実として受け入れることは必要だ。今、あなたがどう思うか。それを提起するべきだ。


最後に。
ある人のツイートを勝手に抜粋する。
このタグは、音楽をプロパガンダの場にするなという主張ではないのか。「その領域はすでに政治的である」などとしたり顔に説くのは傲慢ではないか。

その通りだと思う