

この日は、映画と音楽の日にしましょう。
池袋テアトルダイヤで、「ホッタラケの島 ~遥と魔法の鏡~」を観ました。も一回です。
最初にお母さんが読んでくれた絵本のお話。
自分が大切にしていたもの、でもいつかは忘れ去られて、存在も分からなくなってしまいます。
人が持っている能力はいろいろあります。直立歩行することで、前足が「手」という機能を持つようになり、物を掴むことから、だんだんと器用になっていき、道具を使ったり、ものを書いたりできるようになります。それらを支えているのは、直立することで頭のてっぺんに位置するようになった「脳」。脳の発達によって、言語を話す、記憶する、分析する、想像する・・・、いろいろなことができるようになりました。
その反面、「腰痛」とともに、「悩む」ことも出てきました。それに対する工夫として、「忘れる」ということができたのでは・・・。便利な機能だと思いますが、本人の意に反して忘れてしまうと、それは困りますが・・・。
ということで、「ホッタラケ」。きつねさん(みたいなもの)がせっせと持って行ってしまいます。
偶然それを目撃してしまった遥さんは、彼女が子供頃大事にしていたお母さんの手鏡をさがして、「ホッタラケの島」に迷い込みます。
遥さんは、そこで不思議なきつね(みたいなもの)テオと知り合い、共に探すことになります。
さあ、冒険の始まり、始まり・・・。
遥さんは、そこでもう一つの「ホッタラケ」、ぬいぐるみの「コットン」と再会しますが、鏡の力で命が吹き込まれ話せるようになっていたコットンは、「捨てられたんだ」といいます。
「ホッタラケ」とは、愛されなくなってしまったということ。必要とされなくなってしまったということ。
遥さんは、申し訳ない気持ちでいっぱいになって、謝ります。コットンは、覚えていたことがわかり、「本当は、僕も会いたかった」と言ってくれます。
コットンも仲間に加わります。
ひとりぼっちのテオは、まともに魔法も使えないし、何をやってもうまくできない、「ホッタラケ」なんだと言います。
遥さんも、お母さんが死んで、お父さんと二人暮らしだけど、仕事ばっかりで、かまってもらっていない、私も「ホッタラケ」なんだと答えます。
「ホッタラケ」仲間です。
でも冒険を通じて、仲間の大切さを感じ、テオは勇気をもって立ち向かいます。
遥さんも、鏡の中に入り、鏡に映し出される幼いころの「思い出」がよみがえります。
大切なものってなに?
「ホッタラケの島」から戻ってきた遥さんは、お母さんの手鏡とお父さんからもらったコットンとともに、もう一つ大切なものを手に入れることができました。
ううう、感動しました。