からんからん。ひとりの女性が入ってきた。
この土地では見慣れない洗練された装い。上品で美形。さらに知性的な趣を漂わせている。店主に親しげに声をかけながら、その女性はカウンターの席に着いた。
店主はあいかわらず疲れた表情のまま、彼女に水とおしぼりを手渡す。彼女は受け取ったコップの水を一息に飲み干して、おしぼりを手にとった。握ったまましばらくじっとしている。遠目にも、熱いおしぼりを快適に感じているのがわかる。上品でありながら奔放なその感情の表出に好感を抱きつつ、彼女をそれとなく眺める。彼女はこの喫茶店の常連客なのだろうか。
店主となにやら話し込んでいる。ときおり微かに笑いあいながら、ときおり深刻そうにうなずきあいながら。ふたりの声はこちらまでは聞こえない。
女性は隣の椅子に置いていた自分のバッグから、大きめの茶封筒を取り出すと店主に手渡した。店主は中身をちらりとみて店の奥に入っていった。
ここまでの様子を、本を読むふりをしながら観察していたのだが、突然、彼女がこちらに振り向いてにっこりと微笑んだ。不意をつかれてうまく反応できない。どぎまぎしていると彼女がこう言った。
「あなたはここで何をしているの?」
とっさには意味がわからなかった。あわてて思考をめぐらしている気配が伝わらないよう、なんとか落ち着いた表情をつくりだす。しかしことばは出てこない。彼女は続けて言う。
「すぐにこの店を出た方がいいわよ」