(本好きな)かめのあゆみ -53ページ目

(本好きな)かめのあゆみ

かしこいカシオペイアになってモモを手助けしたい。

  このまま持っていても仕方がないので、パンフレットのような冊子を茶封筒のなかに戻し店主に返そうとした。しかし店主は受け取ろうとしない。

「先ほどの電話の方がこれをあなたに渡すようにとおっしゃっていましたので」

 主任がそんな指示を? なぜ?

 なんだかこの喫茶店も居心地が悪くなってきた。パンフレットのような冊子が入った茶封筒をテーブルの上に置いたまま喫茶店を出ることにした。

 店主に代金を支払う。

 店内に響くピアノの音はいつの間にか激しさを増し、オーケストラの演奏とともに繊細な調和を保ちながらせめぎ合っていた。

 からんからん。音を立ててドアを開け、通りに出ると、すぐに女性があとを追ってきた。

「お忘れですよ」

 追いつかれまいと早足で歩く。彼女は小走りで近づいてくる。ハイヒールの硬い音が小刻みにアスファルトに響く。

 仕方がないので振り返る。

「それは忘れたのではなく置いてきたのです」

「でも…」

 彼女は口ごもりながらも何かを言いたそうにしている。

「でも、何ですか?」

「これはあなたに必要なものだから」

「いや、あなたはさっき、見ない方がいいと言ったのではありませんでしたか?」

「そうですがあなたは見ました。見た以上はもうこれを無視することはできないのです」

  店主が先ほど女性から受け取った茶封筒を持ってきた。そして中身を確認するよう促される。

 怪訝に思いながらも促されるままに中身を取り出す。なにかのパンフレットのような冊子が入っていた。

 カウンターの席に座ったまま彼女が声をかけてくる。

「見ない方がいいと思うけど」

 じっとこちらを見つめている。

 初対面の店主と初対面の女性と。どちらのことばを信じるべきか。

 悩むのはよそう。いまは何にしても事態を前に転がす方がよさそうだ。この不可解な状況を理解する手がかりになるかもしれない。

 パンフレットのような冊子の表紙とおぼしきページを見る。幾何学模様のデザインのうえになにやら見たことのない文字でタイトルらしきものが書かれている。どこの国の言語か。まったく読めない。ページをめくる。中にはやはり読めない文字が書かれており、また、どこかのジャングルのような場所の写真や地図がちりばめられている。

 結局終わりまでページをめくっても、このパンフレットのような冊子が何を意味するのかはわからなかった。

「これはいったい?」

 店主に尋ねたが、店主は肩をすくめただけだった。念のため、女性にも視線で問いかけてみたが、彼女も首をかしげただけだった。

  意味を尋ねようと口を開きかけたときに、店の奥から店主が出てきた。手には電話を握っている。

「あなたにお電話です」

 こちらのテーブルに向かって歩いてくる。一体誰からだろう? そもそもいまここにいるっていうことがどうしてわかったのだろう? 人違いじゃないのだろうか? 不審に思いながらも電話を受け取る。

「どちらさまですか?」

 尋ねると相手はこう言った。

「私だ」

 聞き覚えのある声。主任である。

「どうしていまここにいるとわかったんですか?」

「何を言っているんだ。君に今朝、そこに行くように指示したのを忘れたのか?」

 事情がわからない。そんな指示を主任から受けた覚えはない。今日は組織に行く気にはなれず、それでいつものようには電車に乗らずにたまたまこの喫茶店に入ったのだ。主任の指示でこんなところに来るはずがない。

「寝ぼけているのか? まあいい、とにかく指示通りにそこに行っているのは確認した。あとは上手くやっておくように」

 それだけ言って、主任は電話を切った。

 あとは上手くやっておくように? いったい何を?

 あっけにとられていると、店主と女性がこちらの様子を窺いながら笑っている。店主はにやにやとしている。女性はいたずらっぽく微笑んでいる。まったく不愉快だ。

「お客さん、どうぞ」