日本の指揮者の皆さんが世界で御活躍してくれたらいいのにと常々感じています。
小澤征爾さんが昨年お亡くなりになりましたが、優秀な音楽家は日本からも次々に輩出されています。ヴァイオリン、ピアノでは世界的なソリストだけでなく主要なオーケストラのコンサートマスターや首席を任される人も続々出ています。
さらに、日本のオーケストラのアンサンブルも益々向上しています。
その中で寂しい部分は、世界的な歌手と指揮者の存在です。
前者は中国や韓国から次々とトップクラスのスターが出始めましたが、日本からはトップ歌手が輩出されません。バイロイトのタイトルロールを歌う歌手だけでなく主要歌劇場で主演するような歌手を見かけません。発音、声量ともとても大変なのでしょうけどそれだけの問題でもないでしょうね。そもそも学ぶまでのコストも大変なようで、スタートラインに立てない、さらに教育を受けた後もパトロンがいないと大変なのが実態かもしれませんね。
もう一分野が指揮者です。優れた指揮者は日本にたくさんいらっしゃるのはわかります。日本でも有名な指揮者コンクールにブザンソン国際指揮者コンクールがあります。1951年に創設された同コンクールは小澤征爾さんが1959年に優勝。その後、松尾葉子さん、佐渡裕さん、沼尻竜典さん、曽我大介さん、阪哲朗さん、下野竜也さん、山田和樹さん、垣内悠希さんそして沖澤のどかさんなどがいらっしゃいます。
さすがにそうそうたるメンバーですね。教育者も含めそれぞれの分野で御活躍されていらっしゃいます。
それはそうなのですが、そのなかで残念な事に世界のトップに君臨されている指揮者は小澤さん以後排出されていません。日本のムーティだけでなく日本のティーレマン、日本のパッパーノ、日本のネルソンス、日本の・・・・という真の逸材としての指揮者が出てきません。
「小澤の前に小澤なし、小澤の後に小澤なし」という状況が続いています。少しハードルを下げるとドレスデンの常任をされた若杉弘さんがいらっしゃいましたけど、難しい業界なのでしょうかね。日本人指揮者のバトンテクニックの凄さについてはいろいろなところで耳にします。しかし、指揮者キャリアについてはどこかに壁でもあるのでしょうか。
その中で近年の情報として一筋の光がありました。ブザンソンでも優勝した山田和樹さんの情報です。
10年以上前にスイスロマンド管弦楽団の首席指揮者に就任されるということで、その際も話題になりましたが、かつて、ラトルも音楽監督を務めたバーミンガム市立交響楽団の音楽監督に一昨年就任されたということです。ロンドンのビッグファイブ程のインパクトはないのですが、ボールト、ラトル、ネルソンスといった名指揮者たちがシェフを務めた名門オーケストラです。名門オーケストラというよりもキャリア・アップのポストとしての存在でしょうか。このオーケストラのシェフになり、文字通りステップアップしていただけたらと思った矢先に、今年ベルリン・フィルを振るが決定しました。佐渡裕さんが指揮してもう10年以上を経過ししばらくぶりの「快挙」です。
何も思わないと見過ごしてしまうのですが、バーミンガムの仕事で感心させられたのは2018年に首席客演指揮者を務めてから、5年後に音楽監督になったということです。普通は首席客演のまま去っていくことも多いのですが、ミルガ・グラジニーテ=ティーラの退任を受けそのまま後任になれたことです。外から著名な指揮者を呼ぶ方法もありましたが、実績を積んできたことを評価したことに意味があります。今年は来日公演もあります。
佐渡さんはベルリンフィルの演奏演目にショスタコーヴィッチの交響曲第5番を選びました(曲目に気負いがあったかもしれませんね)が、山田さんはレスピーギ、武満、サン=サーンス(交響曲第3番)を選択しました。
なかなかの業師ですね。真っ向勝負ではなくひねりが入っています。
かつて小澤征爾さんが「コシ・ファントゥッテ」のザルツブルグ音楽祭での失敗(?)により長らくモーツァルトができない指揮者として「不適マーク」を押され、ウィーンフィルを出禁になっていましたが、約10年後に同じザルツブルグ音楽祭で久々の演奏では得意のチャイコフスキー交響曲第4番で面目をたて、84年のウィーン音楽祭においてウィーンフィルが不得意にしていた「春の祭典」をあえて取り上げ、見事な名演を繰り広げた結果、ウィーンとの関係をほぼ四半世紀ぶりに戻す快挙を成し遂げました。
山田さんはフランスものをぶつけるあたりなかなかではないでしょうか。但しベルリオーズの幻想交響曲を選択しなかったのは良かったでしょうね。初顔合わせで第5楽章終局をきちんと鳴らし切るのは至難の業ですから、ここをうまくやり切れば、定期的に呼ばれることもあり得ますね。45歳ですからあと30年を見据えて関係が築けることを期待します。
将来、山田さんがベルリン・フィルでマーラーの大曲なんて演奏してくれたら最高の出来事です。
ベルリンで常連になれば、間違いなく世界中のスーパーオーケストラから声もかかるようになるでしょう。ボストン、グリーヴランドにとどまらず、シカゴに登場できるかもしれません。サンフランシスコかロスアンジェルスの常任になれると良いですね。
日本の指揮者が世界屈指のオーケストラに定期的に指揮するためには、日本のオーケストラで腰を据えて振り始めたらむずかしいのでしょうね。日本の巨匠として安住してしまい、出来上がってしまうような気がします。
振る経験は大事ですが、日本にはプロのオーケストラがいくつもありオーケストラとの組み合わせだけが変わっているように思います。沖澤のどかさんも期待していたのですが、京都市交響楽団のシュフに収まってしまい次のステージに進めるのだろうかと懸念を抱くようになりました。振る機会は最も大事ですが、一定回数をこなした時はどこで振るかも大事だと思います。
アウェイでやり切る難しさは想像を絶するのかもしれませんけど心のなかではいつも日本人の指揮者を応援しています。
世界で戦った指揮者は小泉さん、井上さん、秋山さん、大野さん、広上さん、大植さん(バイロイトにも登場)、佐渡さんそして教育者として今も頑張っている上岡さんなどもいらっしゃいますが、クラシックファンが認めるスーパーオーケストラを定期的に指揮される指揮者が一向に出てこられません(表現が端的で申し訳ありませんが事実は事実です)。
言葉の問題、マネージメントの問題、カリスマ性の問題、コネクションの問題があるのでしょうか。先にも記載しましたが、バトンテクニックはしろうと目に見ても日本の指揮者の方々は皆本当に優れていると感じます。
一昨年前からシモーネ・ヤングがバイロイトのピットに入っていますが、音楽性だけだと上にあげた指揮者の皆さんは決してひけをとるとは思いません。
沼尻さんなんかはバイロイトやドレスデン、バイエルンでも振れると思います。
しかし、なかなか思い通りの状況になりません。
昨年お亡くなりになられた飯守さんなんかも長くバイロイトにもたずさわれ、日本ではワーグナーの大家でいらっしゃいましたが、このマエストロをもってしても、みかけのキャリアについては十分なものであったとは言えないものです。開拓者の御苦労とでもいうのでしょうか。
新国立劇場でピットに入られたワーグナーの演奏は全ての演目とも聴きましたが、大変に説得力のあるものでした。それ自体の評価は揺るぎのないものです。
また、後継者育成を長らく行っていた小澤さんにしても十束さんや下野さんをはじめ、いろいろな日本の優秀な指揮者に道を開こうとしましたがなかなか突破口を開けない状況が続いています。
米国のビック5やイギリス、フランス、ドイツのビックオーケストラや歌劇場、さらにウィーン国立歌劇場(ウィーン・フィル)に日本の指揮者の誰かが登場できているようことが常態化することを希望しています。
世界のスーパーオーケストラを指揮することで日本の楽壇にフィードバックし、さらに優秀な音楽家が国内で育成できることがあるように思います。次々と世界に羽ばたく指揮者を輩出してもらいたいと思います。
山田さんにはこれまで以上に頑張ってもらいたい、日本人指揮者として新たな次元の仕事を行っていただきたいと思います。