
ここでお話しするのは迷信を全く信じない僕(しかし霊感というか六感は結構発達している)の身に起こったことを聞いてもらおうと思っている。
何年も前のこと、僕も初めてこのお寺に参拝してみた(そのときの一緒に参った彼女は松島菜々子と海原ともこを足して2で割ったような女の子だった・・・うー微妙)。
雰囲気は落ちついた非常に良い場所だ。ここへ参拝する人は圧倒的に女性が多い。京都という土地柄だけでなく、理由は「願かけ」にあるのだ。
女性の情報雑誌(とくに恋愛特集や占いを頻繁に記事として組む本)には記事が多く出ているようだから。
寺門を通り、必ず広間に通されるのだ。そしてお坊さんの説法が始まる。1日に何十回もしゃべるせいか非常に巧みなしゃべりをする。僕が行ったときは落語家の「露の五郎」(関西人しかわからない;首を縦に小刻みに振るあなたは、当然林家小染も知っているでしょうね)そっくりのお坊さんが説法した。
説法の内容は商売の邪魔になるので省略する。ただ要旨だけ記載しておくと、このお寺の門の前にお地蔵さんがいらっしゃる。このお地蔵さんわらじをはいたお地蔵さんである。そしてポイントはお守り。黄色のお守りだ。このお守りの中にはお地蔵さんを形取った絵姿が入っているそうだ。
そして重要なのはこの「お守り」の能力だ。お坊さん曰く。「1つだけ願いをかけて下さい。この1つの願いだけは『確実に』かなえてくれますよ」ということ。但しお守りを購入した人は、帰り際、入り口のお地蔵さんにお願いして帰ることと言われた。その際には住所と電話番号をしっかり伝えるようにと助言。日本中に必ず歩いて来てくれるというのだ(世界中とは言われなかった。スワヒリ語は多分理解できないかもしれないし、飛行機代は高額ということか?)。とにかく、伝えないと来てくれないそうだ。
お地蔵さんがわらじをはいているのはそのせいだということ。話がここで終わると顧客はもう2度と来なくなる。「1つっきりの願いかあ?」ということ。ところが願いが叶った暁には、お守りを返却にきて、お礼を言えばまた新しいお願いができるということ。つまり、常に1つのお願いだけは持ち続けることができるということだ。最近のお地蔵さんはサービスがいいようだ。
ところでこれを話題にしたのは・・・。お守りを持って帰ったある朝、僕が自分の部屋で横になってぼんやりふすまを見ていると、ふすまが開いて「ふんわりと」物体(ほっとするような)が入ってきた。スピーディにぼくのもとまで来て(まるで貞子のように)ふっと耳元で「たかしさんですか」と聞くや否や答える間もなく(「正確には心の中でハイと言った」)ぼくの体にすっと入ってきた(その際左耳から首のあたりにかけて風が走った)。
と、その瞬間全く同じ景色のもとで目があいたのだ。僕は寝ていて夢を見ていた訳ね。でも目を開ける前と後は全く同じ景色なわけ。僕はすぐにお守りを取り出し、そのお守りをしげしげと見た。
まだ願い事はかなっていないので、そのときのお守りを持っているんだけど、忘れられない出来事なんだよ。
追 伸
お寺前にある茶店のおしるこを食べるとほっと一息つくよ。京都に来たときは清水寺や八坂神社、南禅寺といった東山側に行くのもいいけど、嵐山のはずれあたりも趣があっていいよ。
さらに
僕の願いも叶ってないが一緒に行った彼女の願いも叶っていないのだ・・・