皆さん、Bluetooth(ブルートゥース)という機能をご存知でしょうか?
携帯電話やオーディオプレーヤーなどに付いている機能です。
コードレスで音楽を聴いたり、携帯電話で通話ができるんです。
僕は通院生活を送っていて、
病院のベッドの上で音楽を聴きます。
イヤホンで聴いていると、首回りにコードが当たって、
イライラしますし気持ちが悪くて困っていました。
そんなとき、
このブルートゥース機能を知って、機械を購入しました。
音楽を聴く為です。
初日は、充電が足りなかったのでしょうか?
2時間も立たないうちに充電が切れました。
そして今日、
たっぷり充電させて持って行きました。
ところがまた、午後2時前には充電が切れました。
ってことは、
充電が足りないのではなくて、
「電気を食う」のだと思いました。
ブルートゥース機能を使うと、
電池の消耗が激しいのかも知れませんね。
検証がてらに、
次回の通院日は、ガマンしてイヤホンを使ってみようと思います。
せっかく買ったプレイヤーが、2時間ほどしか使えないなんてね。
治療中は、音楽を聴く事で、
外部からの「音」をシャットアウトしています。
目を閉じて、
視界から入ってくるものもシャットアウトしています。
寝ている事も多いですし、
考え事をしている事も多いですし、
音楽を楽しんで聴いている事も多いです。
耳を澄ましていると、
色んな声が聞こえてきます。
聞きたくない会話なども聞こえてきます。
聞きたくない声や会話を、
4時間、ずっとベッドの上で聴かされるのは苦痛です。
そんな中、
僕の隣のベッドのお婆さんは、
文句1つ言わずに、黙って治療を受けておられる。
ウルサイ声も聞こえるだろう。
言い方は悪いですが、
僕は死ぬ「順番待ち」をしているような感じです。
通院先の先輩の患者さん達の顔を見なくなります。
お亡くなりになるから。
お亡くなりになったら、
また、新しい患者さんが入って来られる。
新しい患者さんが入って来られると、
ロケット鉛筆のように押し出されます。
「そろそろ私の番か?」
なんて、思われる方も居るかも知れませんね。
僕は、通院先の病院でよく言われる言葉があります。
「高瀬さん、まだ若いから!」と。
どういう意味なのか、僕には解りません。
悪い意味で、言ってくれているのではないはず。
でも、
若いからどうなんだって。
年をくってたら、もういいのか?って。
僕は、どちらかと言うと、
20歳の時から諦めた人生を歩んできたと思います。
20歳の時に、歩けない身体になって、
人生に絶望しました。
社会復帰こそしましたが、
人間関係で失望し、人間不信になって、
栄養失調で床ずれができて、両足を失いました。
両足を切断してからは、
10年以上の引きこもり生活をしました。
その挙句、
慢性腎不全になってしまいました。
ダメ押しです。
20歳から、今の今まで、
正直な気持ちを明かすと、
やはり、辛かったです。
良い想い出もありますが、
良い想い出が霞むくらいの辛さを経験してきました。
だから、
この病気になった時は、
「これで人生を終れるんだ」
と嬉しく思えた時もありました。
実際、病気を発症し、
心臓が停止しました。
死ぬ瞬間まで、意識がありました。
死ぬ瞬間は、さほど怖い感覚はありませんでした。
「仕方がないな」
というのが、僕の最後の言葉でした。
呼吸が出来なくて窒息死したんです。
苦しかったです。
皆さん、窒息死したことありますか?
そんなに経験がある人はないでしょ。
窒息する1分くらいだけ苦しいです。
でも、
心臓が止まる瞬間は、
痛みもなければ、何もなかったです。
ただ、部屋の電気をプチっと消したような感じでした。
電気を消して、真っ暗になったような感じでした。
すぐに蘇生して頂けたようで、
今があります。
あのまま、死んでおけば良かったのか?
蘇生して頂けて、生きていて良かったのか?
僕には解りません。
ただ、生きているから、
「仕方がなく生きている」
そんな感じです。
それが苦痛で仕方がなかったです。
死ねるなら死にたいけれど、
死ぬ勇気なんてありません。
死んでどうなるだなんて、誰にも解るはずがないんです。
死後の世界があるとか、無いとか、
そういう事を言う人がいますが、
何でそんなことが解るのだ?と言いたい。
それは確かなのか?って。
それが確かで、保証してくれるのか?って。
仕方がなく生きるって辛かったです。
生きたくても、生きれない人達もいるのにね。
病気で、体はしんどかったですしね。
とにかく、体がしんどかったです。
通院生活を続けていて、
2年目に入った時、色いろありました。
人間関係でもそうですし、家族と折り合いも付きませんでしたし。
地元を離れて、他府県の病院で入院することになって、
僕は心を取り戻したようです。
病気になって2年目の後半からは、
「目標」を持つ生活を始めました。
仕方がなく生きていると、心が腐ってしまいます。
それよりも、
何か目的を作って、それに没頭していれば、
嫌な事も考えないで済むだろうと思いました。
色んな事に手を出しました。
それは、
生きていることが「空しくて」、
それを覆い隠すためでもあると思います。
僕に、目標も目的意識もなかったなら、
持病の治療のためにしている、
体重管理なんてしないだろうと思います。
自己管理なんてしないと思います。
いえ、
生きる目的も何もなければ、
自己管理なんて出来る訳がないんです。
心も病んでいると思います。
食生活が乱れて、心も乱れて、
通院したら、治療してまた、しんどくなる。
そんな繰り返しで、
死ぬ順番待ちをするのです。
また僕は、
「高瀬さんは楽しいことが沢山あって良いね」
なんて言われることがある。
その人に言いたい。
「車イスに乗って、両足も無い体になって、
僕と同じ、この楽しいと思っている事をやってごらんなさい」と。
どれほど楽しいのか?体験してみてごらんなさいと。
楽しい以上に、「大変」ですからね。
楽しそうに見えるのは、そこだけ見ているからですよ。
楽しそうに見えるかも知れませんが、
僕は、空しさを紛らわすために、やっているのですよ。
何かにすがらないと、
僕の心が益々、壊れると思うからやっているのです。
幸い、
心が癒されてくると、身体も元気になってきました。
身体が元気になってきたら、思考も安定してきました。
病気になって1年目は、患者にとっての試練の期間だと思います。
2年目からは、闘いの日々になると思います。
3年目にもなれば、趣味も出来て忙しくしているかも知れません。
僕は3年目で、忙しいです。
趣味も多いですし、ちょっとした仕事もしますし、
目標も色々とたてましたし。
毎日が忙しいです。
だから僕は今、
興味が湧いたことには積極的に取り組みます。
生きている限りはね。
僕が、何の目的も持たなくなった時、
人間のクズになるでしょう。
話が飛躍し過ぎました。
ごめんなさい。
最後に、
通院生活をしていて、通院先の患者さん達を見ていると、
自分の将来像がそこにある。
もし、
体力が無くなって、車イスに自力で乗れなくなって、
体を動かすのがきつくなって来たら、
体に管を付けられて、荷物のように運ばれるのかなって。
そんな不安もあって、
僕を守ってくれる女性を求めているのも事実です。
人工透析の知識があって、
看護師の資格がある女性と、
一緒に暮らせたら、どれだけ僕は救われるでしょうか。
こんな僕と一緒に暮らしても、
女性には何のメリットもない。
だから、夢物語なんですがね。
もし、
その夢が叶うのであれば、
僕を守ってくれる、女性と一緒に暮らしたいです。
僕がその女性に出来る事は、
その人だけを愛することです。
そんな、夢があります。
そのために、
富山県に引っ越そうと思っています。
そういう、叶えるのが難しい目標がある方が、
毎日が忙しくて良いかなって。
目標に向かって努力を積み重ね、
1日を、楽しんでみたいです。
心を誤魔化すのではなくて、
本心で楽しみたいです。
今、メダカが産卵シーズンです。
今朝、メダカの赤ちゃんが1匹、増えました。
今のところ、
メダカの赤ちゃんの世話が、楽しいです。
子供が作れない体ですので、
動物の子供でも、自分の子供のようにかわいいです。
今では、蘇生して頂いて、感謝しています。
嬉しい気持ちで人生を終えた方が、
後味が良いものね。


