「子どもはお預かり物」という感覚 | 不登校でも大丈夫!「学校行かない」という生き方☆教育はシンプル

不登校でも大丈夫!「学校行かない」という生き方☆教育はシンプル

不登校と呼ばれる子どもたちは、落ちこぼれじゃありません☆
公立学校だけに教育を任せる時代は終わりました!
これからの教育を考えるあいぎふ自由学校スタッフブログです
ちなみに、自由「学校」とついていますが、法律で定められた義務教育校(一条校)ではありません

岐阜・愛知の小中学生の健やかな成長を願う

共育オアシスあいぎふ自由学校です。

 

オルタナティブスクールあいぎふ自由学校と

親楽LABO

を運営しています。

 

私たちの子育ての感覚は

「子どもは神様(もしくは社会)からのお預かり物」というものです。

 

子育てでイライラする原因に

子どもを思い通りに育てられないという気持ちがありませんか?

責任を持たなければならない、真っ当な人間にしなければならない

親として恥ずかしいことは嫌だ、子育てのことで人から後ろ指をさされたくない

そういう想いから

いつの間にか子どもを「自分の所有物」のように感じていませんか?

自分の所有物・自分の一部という感覚から

「思い通りにいかない」ということにいら立ってませんか?

 

視点を変えて

「子どもは預かり物である。いつかは自分の手から離れ、旅立つ日が来る。」と思うと

気持ちが変わっていきます。

 

預かり物だから、自分ではない。

預かりものだから、丁寧に扱う。

一緒にいられる時間を、大切にする。

社会にお返しする時までに、原石を磨き続けるかのように

子どもたちの中にある才能を引き出し、輝かせる。

それが務めだと思うと

理不尽に感情的に頭ごなしに叱ってしまうこともイライラすることも減ることでしょう。

 

私はずっとそんな風に子どもたちを見ていて

だから、自分の方が子どもより偉いとか、教え込むことが必要とか思いません。

人は進化していて、先の社会は今の社会よりも進化していて

だから、その時代をつくっていく子どもたちは私たちよりも進化していて、能力も持っている。

その前提に立つと、子どもたちに対して尊敬の念すら湧いてきます。

 

所有物・管理監視するべきものとなってしまうと

窮屈でおかしなことになって生きます。

がんじがらめの中で育てるということは

幽閉しているような状態です。

 

そのままの色で十分綺麗な原石に

ペンキで色を塗りまくって

呼吸できないくらいにしてしまう。

そんな場面が、教育現場の中にも多々あります。

 

だから、もっと、ありのままの子ども本来の姿を

信じ・愛し・守り、育ち育てう気持ちが大切だと考えます。

 

そんな気持ちでやっている「あいぎふ自由学校」

是非、仲間になりませんか?

生徒は少人数の定員制です。

是非、気軽に、見学・体験・相談にお越し下さい。

また、親楽LABOにて講座も開催中です。

詳しくはHPをご覧ください☆

 

★あいぎふ自由学校HP★