i'm a dancer not one's perfect
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引っ越しにフィンランドにレイシストばあさんに。

お久しぶりです、今飛行機の中、この記事が皆さんに届く頃私は日本に上陸しています。

引っ越しもなんとかできました。

その間皆のブログ覗いてる時間が本当になかったくらいてんてこ舞いでござんした。
引っ越し予定日の前日の朝5時前に夫の運転でハノーファーに向かい、5時間半のドライブ後、鍵を受け取り、ひとまず一晩越せるものを買い出し。
夫はその後2時間程仮眠、また5時間半かけてシュツットガルトへ戻って行きました。到着は夜中の1時。
翌朝引っ越し業者が来て撤収した後壁のペイント塗り、掃除を終える作業、その間私はハノーファーで引っ越し業者を待つ。
無事に全ての荷物が運び込まれ、
ダンボール計44箱。
その日はソファベッドの上で寝る私。ベッドルームの壁塗り替えをしなければならず(ドイツは1年だけ住んだ場合壁塗り替えしなくて良しとのこと、なので前の住人は一年住んだだけだったので塗り直しなし、が、やはりキッチンは汚い、ベッドルームも穴を埋めた所だけ白く浮き出てたりで全然だめ)ベッドは解体されたまましばらく放置。

一方シュツットガルトの夫、ベッドはもう無いのでダンボールの上にタオルをひいて寝たそう。
翌日のお昼に部屋を次の住人に引き渡し、またハノーファーへ5時間半ドライブ。夜に無事到着。
それから私が日本へ向かうまでの8日間は毎日走り回っていました。
まだ完璧ではないけど、夫に少しずつ片付けて貰います。感謝。
キッチンもまだなし。
今日、IKEAから計りに来てくれる予定。

ちなみに、今の簡易キッチン。笑



引っ越しの前までゲストで教えていたフランクフルトのカンパニーとフィンランドツアーにも行きました。



Kuopioという街で、とっても素敵な所でした。


ハノーファーも、近所のマシュ湖をはじめ、とても素敵な所です。


って、今朝駅で超差別な婆さんに怒鳴りたてられたけど。80歳前くらいかなー。
スーツケース押して歩いてただけで、あんたみたいなのがいるから犯罪が増えるんだ、そのスーツケースの中も何入ってるか、充分犯罪者だ!
ってめっちゃ怒鳴られて、白人夫がいると知らなかった婆さん、後ろから来る10倍くらいデカイ夫に10倍以上でかい声で文句言われたけど、すげえ婆さん、一瞬たじろいだけどずっと私の事指差して私だけを見てずっと犯罪者だ消え失せろって言ってました。笑
周りにいた人たちも婆さんに目をひん剥いて見てたけど、一緒になって抗議とかはしないんですよねドイツ人って基本。そこが日本と似たところかな。笑
頭がいかれてた事を祈りますが、そうでなくて素でそうだったらめっちゃ怖い精神。

いるんですよねー、レイシスト、どこの街にも、特にこの国ドイツ。

もっと言い返したいからドイツ語頑張ろうと思いました。悔しい。


日本の皆様も、是非外人に優しく接してあげて下さい。
いや、特に優しくなくていい、差別はしないであげて下さい。


日本、楽しみです!

妖怪うんこ放置女。

 
この女性(子供に見えますが大の大人です)、これはもうことが過ぎた後の写真ですが、この前に私としては信じられないようなことが起きました。

 

 

 

遠くの方で彼女の犬が用を足していました。
犬を飼うようになってからやはり犬には目が行きます。
辺りを見回す彼女。
私は偶然そちらの方に向かって歩いていました。(一人でです)
すると
「何か袋持ってる?」
と。
「?」
「袋よ、袋」
「持ってないですけど」
「あぁ〜残念」
 
と言って、去って行きました。
これを残したままで。
 

 

 

食事中には見ないでくださいね↓

 

 

 

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きっと周りに誰もいなかったら絶対に取らない人なんだと思う。

だから元々袋を持っていなかった。

たまたま私がいたから、一応気にしてるんだっていうのを見せようとわざと聞いたんだろうなと。

そして、袋持ってる?と、人一人で歩いている人間に普通聞くだろうか?

もしも私がヘリと歩いていたら、わかるけど。

なんだか、無性にイラっとした出来事でした。

しかも、友人の住むアパートの目の前にうんこ残していきやがったからね。

ザ・妖怪うんこ放置女。

 
 
話は変わって、ほんの1日だけ、夫もヘリとフランクフルトへ来てました。
急に、ヤコポ(今私がゲストで教えてるところのダイレクター)に呼ばれて。
来週半ばまで会えないと思っていたのでラッキー!
 
もう二度目の電車の旅のヘリ。
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この写真、かわいすぎる。
普段から、外を眺めるのが好き。
 
前回は夫と一緒にオランダへ行っていました。
 
家では絶対に上げてもらえないベッドですが、この日はホテルだし、簡易ベッドだし(ホテルが満員で、大きなベッドの部屋に移れず私の部屋にあるソファーベッド)、今日だけはいいよということであげてました。
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このダラーん。
 
でも、寝る時になったら床上にある自分用のクッションの上に寝てました。
賢いわ!ヘリ!!(親バカ)
 
この日は美味しいものをたっくさん食べた。
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全部ヤコポがご馳走してくれましたありがたや。
私は仕事後に合流しましたが夫は朝からずっと一緒にいたのでもっと色々食べたそう。
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ヘリのこの顔。
 
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あー嬉しかった。
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急なサプライズビジット、よい1日半でした。
 
 
 
 
明日からバレエ団とフィンランドツアーです。

 

 

あれ、ヘリがいない??

 

 

と思ったら、

 

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わかります?

 

 

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私のスーツケース(2日休みで一旦シュツットガルトに帰った時の荷解き前)に収まってました。

 

こうやって、脇横に収まるのが好きで、すぐに寄ってきて可愛いったらあらしない。

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しかしどうよ、

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この解放感。

 

 

 

 

今週も、私はフランクフルトです。

月曜火曜日とお休みだったのでシュツットガルトに帰っていましたが、あっという間。

月曜日は祝日でしたが夫の新しい作品作りと私のリハで。

火曜日は引越しの業者の値段リストを前回(3週間前)に渡したのにもかかわらずいつまでたっても音沙汰のない職安へ行きどうなってるのか聞きに。

私が新しい仕事があって引っ越すので本人じゃないといけないんですよ全ての手続きが。

私がいないもんだからすすまねー!

そしたらさ、前回のことがなかったのような対応。

これ、ここの欄うめてまた渡してとかって・・・・今月末には引っ越したいのにそんな時間ないし私明日からまたいないんですけどってあなたたちも知ってるでしょーって言いながら、頼んで書くのを手伝ってもらう。

家に帰ってから9時半から13時半の間に届きますよという頼んだダンボール。

(私の場合、引越し業者からダンボールは頼まず、ダンボールだけは自分で買いました。)

来ねーーーーーーーー13時半過ぎても来ねーーーーーーーーーーーー

こういう悪い予感ってなんで当たるんだろうか。

職安から返事来なかったのも(本当に返事してくれるよね?って10回は念を押したのにもかかわらずこういうこと起きる)予感はしてたんだ。

 

結局14時半近くに来て(遅くなりましたとか一切そういう謝罪的な言葉は存在しませんこちらの世界)、ものすごい場所を取るダンボールにてこずる。

結局地下の倉庫に運ぶ、一旦4階に運んでから地下の倉庫(地下3階)まで・・・・腕の感覚なくなる。

そして今までメールでやりとりしていた引越し会社に直接出向いて今の状況を説明する(どうもメールだけだと不安で)、職安からの返事が来るまで動けない、と。

で、やっぱり「今月末!?!?7月はだめ??」「いや、7月1日には出払ってないといけないので無理です。それに、もともと28日でOK出てました。」と。

一応定期的にまだ待てるか?価格は変わらないか?は聞いてきてたのですが、そのやり取りしてた担当の人が23日までバケーションだと。

キターーーーーーーーこういうタイミング、キターーーーーーーーーー!

もう泣きたい。

でも、私もしばらく動けない、夫も色々忙しいので結局動けるのが24日からなんです。

果たして・・・・4日間で引越しの準備はできるのでしょうか。

 

そしてこちらは壁も塗り直さないといけないからね。

 

 

もう不安しかなくて胃が痛い。

この際職安のOKが出る前にお願いして日にちだけは決めたいんだけど・・・

引越し費用がね、シュツットガルトからハノーファーはやはり遠いので高く、先月はコーション(敷金?)家賃の3ヶ月分と、今月はハノーファーの家賃とシュツットガルトの家賃をダブル払いしているのでキツイ。

だから今頑張って働いてるんだけど、職安からの引越し費用のヘルプはとっても必要。

ただこれ以上待てないというのが本音。

私計画立てられない日常が本当に嫌。笑

胃が・・・・

毎日一生懸命やってたらいいことあると願って、待つしかない。

こういうことを回避するために計画立ててかなり前から動いてたのに!!!

ドイツもお役所は自分たちの都合のいいこと以外結構適当で本当げんなり。

行くたびに8月からの職場の契約書、新しいアパートの契約書のコピーとられてもう3回。

前のコピーどこにやったんだよっていう。

 

滞在許可証のお知らせだけはきっちり来たので出張から帰ったら取りにいけるので良かった。

これで一つ不安が減りましたが・・・一つ一つ、片付きますように。

頑張ります!

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、

たっくさんの方々に、前回の永翔の記事を読んでいただき、とっても感謝しています。

本当にありがとうございます。

本当に数多くの温かいコメント、メッセージ、本当にありがとうございます。

弟夫婦も、両家も、全員で、心から、感謝しております。

またここで、たまに報告させてください。

 

 

愛を込めて。

 

 

 

小さな戦士、西永翔 にしえいと:2×4=8

 
もうあっという間に6月になっている。
前回にまだここドイツは寒いと文句を言っていたのが嘘のように、今は連日30度越えている。
私が立っている場所も、状況も、毎日同じようだけど少しずつ違う。
 
私が3月に書いた記事で、その頃我が家にやってきたヘリベルトと同じ時期に、叔母になり、ヘリベルトに従兄弟ができたと言った。
 
5月31日、私達西家のことではありますが、是非皆さんにも読んでもらいたいと思い、弟夫婦の同意の元、ここに記します。
私の個人的な気持ちも入っているので紛らわしくなると思いますが、是非、弟のメッセージは、読んでください。
 
 
弟がインスタグラムに載せた記事です。
 
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永翔と書いて、”えいと”と読みます。

にしが8からの8の、エイト。

 

この投稿の時間を見て、弟がこの全てを3分で書き上げたんだな、とまず思った。

溢れる想いが、どばーーーっと、そこには記されていた。

 

 

 

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一ヶ月だぜと弟夫婦からの写真。

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こんなにいろんなチューブを付けられている赤ちゃんは初めてみた。
だけど全てえいとに必要な大切な命綱なのだ。
弟夫婦の笑顔もお母さんとお父さんなんだなって、他にも送ってくれた両親と永翔の写真が急におじいちゃんおばあちゃんの顔になっていて、胸が熱くなった。
 
日々家族ラインでの会話はその日の永翔の写真と、どうしているか。
 
生まれたばかりの頃。
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なんで手が見えないのかなと速攻思った。やや不安になった。
その直後に手と足が片方ずつ多指だと聞いた。
全然それにはショックはなかった。
ピルエット回りやすそうだしいいじゃん!!!などと返した。
低脳な姉でごめん。
心臓のことは、心配だった。
でも周りの友達にそういう手術を乗り越えて来た子、そういう姪っ子がいる子などが何気に結構いたので、
「ベイビーは強いから、大丈夫」と言っていた、私もそれを心から願ったし、大丈夫、と思った。
 
 
よく見てみると、
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お気づきであろうか。
髪型が微妙に毎回違う。笑
すでにいじくられている甥っ子よ。
さすが西家である、笑は欠かさない。
 
えいとは、初めの頃、口から母乳を飲めなくて、胃から直接摂っていた。
私は、どこまで質問していいのか毎回戸惑った。
普通じゃない状況なのは確実だ。
ただでさえ、私は子供もいないし、出産のことやその後の事も状況がよくつかめなくて、とにかく胸がもやもやハラハラしていた。
何か余計なこと言いそうで、質問する前には100回くらい考えた。
こういう時に、そばにいれない事はもうこっちに住むと決めた時から腹を据えて生活してきたつもりだけど、
やっぱりそう簡単に、納得はできない。
文字で書くとイントネーションがやっぱり伝えられないし、電話するにもなかなかタイミングが合わない、いや、もしかしたら喋りたい気分じゃないかもしれないし、と、毎日永翔と弟夫婦の事ばかり考えた。
写真を見るたびに、この小さな戦士はなんて強いんだと、驚かされた。
 
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笑っている。
なんじゃこれは。
めちゃめちゃ可愛いじゃないか。
できることならば私もこのくらい小さかった頃のことを思い出せたらいいのにとふと思った。
私は、母の腕に、父の腕に抱かれた時に、どんな風に感じていたのだろう。
そう思わずにはいられない、弟夫婦と、甥っ子の写真の数々。
弟の奥さんは、母なのだ、と、滲み出ている。
こんなに愛しい目をして自分を見てくれる存在というのは、母なのだ。
永翔はビシビシ感じていたにちがいない。
 
 
 
一回目の手術、それからまたもう一回、もう一回、と、15時間の手術プラス4回もの手術を乗り越えてきた永翔。
 
この、15時間手術、予定では8時間の手術。の前日に、弟と義妹から13トリソミーの事を聞いた。
聞いた事がなかった。
「染色体を調べてもらったんだ。」
「ほほう」
「ダウン症わかるでしょ?」
「うん」
「その、ひとつ上が、18トリソミーでね、また更にもう一つ上の重い障害が、13トリソミーなんだ」
 
正直、ショックとうのはなく、わからなくって、また自分の無知さを呪った。
 
私達の母は、私たちが小さい頃から障害を持つ子達の為のクラブでダンスを教えていたりで障害を持つ家族と関わる事はとっても多かったし、一緒に過ごした時間は多かった。
でも、その名前は聞いた事がなかった。
電話を切った後、ネットですぐ調べた。
 
 
 
5月21日。
15時間の手術の日は、もう寝ている場合ではなかった。
8時間と聞いていたのでまあ8時間半くらいは何も送らなかった家族ライン。
だが音沙汰が・・・
母に個別で聞いてみる。
母もわからないと。
しびれを切らし、家族ラインで聞く。
弟も、まだ終わっていない、と。
 
こういう時って、弟夫婦が一番心配に決まっているのだがこっちは見えないので更に気になってしまって気分を害したかもしれない。
そういう時も「心配かけてごめん」という弟。
 
くぅっ、そういうこというなよなばっきゃろーと思う。
 
まだ、まだ、まだ、が伸びて、15時間が経ち、手術中断のことを聞かされた。
人工心肺が取れない、という。
 
本当にアホな姉で申し訳ないのだが、その意味がわからない。
ググる。
この時も今も出張中な私、夫にも電話して聞く。
 
 
弟からライン。
「無事血栓除去はでき肺動脈の右片側を広げました。あとは回復を見守って肺が復活出来たら人口心肺を早い段階で取り外すのが目標です。」
 
 
その時から、体力回復を含め、眠らされているという、えいと。
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その送られてくる写真から、永翔が一生懸命体力回復しようとしているのが見える。
私も毎日エナジーを送った。
弟は言っていなかったけど弟と私の友達は同じ友達ばかり、皆、弟と友達、もしくは、必ず何度か会っている。
その中の近い友達たちにも今の状況を説明したメッセージを送った。
是非、祈って欲しいと。
 
私は人々の気持ちが作り上げるものってとてつもないエネルギーを持つと信じて生きているので、
友人たちの力が必要だと思った。
永翔がここに存在して、戦っているという、弟夫婦が全力で戦っているということを、とにかく知らせたかった。
 
永翔が生まれてから、私は今までの自分のクソみたいな自己中さ、文句、不満など、今までどれだけアホだったかをまた気づかさせられた。
他人の不満も同時にだ。
くそくらえ、言葉は悪いが、正直そう思った。
 
大事な事とは、そんなことではないのに、普通に生きている私は、生きていると同時に中身が腐っている。
 
大きな術後のえいとは、顔がなぜだか穏やかになったな、と、思った。
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眠らされているからだろうか。
 
 
術前だが、眉間にシワが寄っていたえいと、痛いんだろうなと夫と心配していた頃。
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しかし、かわいい。
 
そればかりがこみ上げてくる。
一生懸命、見ている。
永翔くん、パパとママをしっかり見たかい?とっても美人なママと、なかなかかっこいいパパでしょう?
世界一優しい、強い、パパとママなんだよ!
 
 
私と夫は離れすぎていてか、手持ち無沙汰すぎて、ドクターへの不満ばかりが出てくるようになった。
本当に今手術が必要なの?
全てが完璧にケアされているの?
ちゃんと検査してくれてるの??
と、私も夫も疑ってかかれが第一のこっちの文化に沿い、話す。
そしてまた、えいとの写真を見て、自分たちの愚かさに反省。
 
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金太郎だ。w
 
だけど、前より機械が増えてる。
何でどうしてどこへつなげてる為なのかぜーーーーーんぶ、知りたくなる私。
だけど聞けない。
それどころではない状況なのだというのはわかっている。
 
 
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まつ毛が!
今までなかったのかと思ったら、どうやらあったっぽいけれど埋もれていたという弟。
弟も奥二重でまつ毛が中に入っていたなと思い出す。
しかし、穏やかな顔をしている。
やはり眠っているからだろう。
 
弟からのメッセージで、
病院から永翔の出血が止まらないと、ある朝起きたら入っていた。
15時間の手術からの、3日目だ。
仕事終わってから病院に行くと。
日本のお仕事の勤務契約を知りたいとめっちゃ不満に思いつつ読み流す。
私が送ったメッセージにいつまでたっても返事がない。
 
そしてしばらくして、母からの個人メッセージにて、今夜弟夫婦が最期の夜を永翔と過ごす、と聞いた。
は?
なんじゃそりゃ。
意味がわからない。
 
すぐ折り返し電話する。
母が電話に出た。父も横にいる。
いつものようにどんな時も何か一言二言余計な事言ったり、冗談を言って欲しかった。
あーーーーーーーーーーーー、ダメだ、空気が動かない。
時が止まってしまえばいい、と思った。
 
翌朝に人口心肺を止める事を聞いた。
 
夫はランニングに行っいて、帰ってきたら泣きながら話している私をじっと見つめながら、立っていた。
私が何をしゃべっているかの言葉はわからないにしろ、内容がわかったのだろう。
国際結婚あるあるだが、あるのだ。
わかるのだ。
 
両親と喋り、電話を切ったら、弟からの不在着信が。
喋るのが怖かった。
喋らなかったら起こらないかもしれないじゃない?と、夢見た。
弟の方が、説明もしたくないと思うんだよな。
ああ、ごめんねと思う。
電話をかけたら弟が出た。
泣かないって思ってたけど速攻泣くダメな私に、「ごめんね」、という弟。
またアホじゃないかこいつはと思った。
ごめんねなんて場違いな言葉を使っていやがる。
なんで謝っているんだ。
こんな時まで周りを気にするんじゃねえ。
 
 
翌朝が、自分の子の最期だとわかって夜を過ごす親の気持ちというのは、一体なんだ。
怖くて、想像もできない。
なんで、弟たちがこんな目にあっているのだ?
電話の向こうで喋る弟は、頼もしかった。
でも、とても悲しい声をしていた。
そして、父親なんだな、と、思った。
私の弟は、立派なお父さんになっていた。
こんなに素敵な夫婦っていないのに、と、思った。
誰のせいでもない、どこかすぐ横で強いエナジーが引っ張っているのを感じた。
 
その日、ドイツの私は早朝から出張の電車に乗り込むところだった。
夜型の夫が、朝の5時半に起きて電車の中までスーツケースを運んでくれた。
そんな時も、今存在する永翔を思い、次に夫に会う時にはいないのかと思った。
未来を変えるのは今だとかぬかしたスローガンがあるけれど、そうもいかない事もある事を思い知った。
 
 
亡くなった後の永翔の写真は、今までにない、安らかな顔で、笑っていました。
初めて、チューブも何もない顔を見た。
なんてハンサムな子なんだと、改めておばちゃんは思いました。
痛くないんだなという顔をしている。
今頃きっと永翔のひいじいばあちゃん達に、可愛がられてると思う。
 
ただ、祖父母が亡くなるのとはまた違うこの気持ちはなんだろう。
始まったばかりのこの命を、どうして取られなければならないのだろうか。
 
 
そしてもちろん西家の事だけではなく、弟の奥さんのご家族も、全員が一緒です。
名前あげたいけど!!!同じ”N”家です。
永翔は両家の全てで。これからも。
 
 
家族、とは、永遠、なのですね。
 
 
May he Rest In peace now, Our Little warrior Eito.........
 
 
乗り越えなくていい悲しみもある。
一緒に生きてゆく事もあると知った。
でも、永翔は悲しさを残したのではなく、この80日間で、とてつもない大きな事を教えてくれた。
その役目を、果たしに来たと言わんばかりに。
 
 

 

 

愛する永翔、弟夫婦。

 
 
西 永翔 3月12日ー5月31日 

 

 

 

 

フランクフルト中。

こんにちわまたフランクフルト出張中です。

 

ほんま天気よくならないわー急に雨ザーザー降ったかと思ったら太陽出て、お天気雨になったり暑かったり寒かったり風吹いたりでせめて、春を感じれる気候になれーーー!

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これはフランクフルトのアルテオーパー。

こんな天気の不機嫌さも絵画のように見えちゃうマジック。

だからわたしは景色が好きだ。

 

先週からフランクフルト入りしていますが、先週末バレエ団がシュツットガルトの横のLudwigsburgというところでツアー公演だったのでそれにもツアーにてゲスト講師していました。

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私はここの劇場好きです広々としていてよく見える。

後ろの方に座ったことはないけれど。

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素晴らしい舞台をしてくれましたよDresden Frankfurt Dance Company.

質というのは日々の意識の中から生まれる努力の賜物ですな。

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ピアニストのジョージ、

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彼はシュツットガルトバレエ団で45年間もの間ピアニストしていました。

今はもう退職していますが、今回彼を推薦したのも私。

本当に❤️のあったかい、素晴らしいエネルギーを持った方で、大尊敬しています。

ピアノの音色も、彼のようにあったかい。

 

シュツットガルトの家から通えるのでまたヘリとも一緒❤️

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なんつー寝方w

 

劇場に迎えに来てくれたり

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こういう隙間にハマるのが好きみたいです。

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ある日、外に連れて行けアピール

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これ、私の散歩ようスニーカーなんですけど、その上にいました。

(周りの雑多さには目を瞑ってくださいませ)

 

しかもそのまま寝たよ。

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外に行きたい猛アピール。

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こんな悲しい趣まで。w

かわいいです。

来月始めで8ヶ月になるのでどんどんやんちゃになってきてますが、性格のとってもいい子です。

優しい子。

人が大好きで誰にでも付いて行くからね、それ困るけど。

 

日曜に夫と選挙に行ってました。

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ヨーロッパ、どうなることやら。

ルペンとかめっちゃ右やん。

私は投票できません、日本人なので。

 

 

日本はトランプさんが来てるって騒いでるけどすごい彼のスピーチ何度聞いてもあほやなーとしか思えないなんか日本って敬語でちゃんと通訳もされてるじゃないですか字幕ででるとき。

そんな丁寧な言葉でトランプさんしゃべってませんからね。

日本ぐらいですあんなにちやほやしてあげてるのって。

ああ、なんかこういうポリティックな話はタブーなのも日本。

夫の実家のコルシカ島と、日本の人の考え方ってとても似てて、島国ならではだなって思います。

夫は夫家族と、私は私の家族と、話し合い出すと、言い合い。w

 

 

それも家族です。

 

 

きっと、自分自身が「外人」になってみないと理解しにくいこと。

海外にいくのがいいとかではない。

ただシンプルに、「外人」と呼ばれる身に自分がなること。

こんな悲惨な呼び方もやめたいですが。

 

 

それではまた!

 

 

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