講演会「児童虐待をめぐる諸課題と地域の役割」に参加しました。 | ともに育ち、生きるまちへ~水谷たかこ(小金井市議会議員)blog

ともに育ち、生きるまちへ~水谷たかこ(小金井市議会議員)blog

「孤育て」がつらかった自分の経験から、子育て支援のNPO活動を開始。子育て支援ネットワーク、親の介護や成年後見の仕事を経て、多様な市民が地域で支え合うコミュニティの実現を模索中。2019年12月より小金井市議会議員。

1月8日水曜日
2040未来ビジョン出前セミナーin調布(主催/全国市議会議長会)に参加してきました。
参加者は、議長・副議長を含めて議員7人と事務局でした。


場所は、調布市文化会館たづくり



この会場は、数年前まで、長女のバレエ発表会でお世話になっていたのですが、久しぶりに行きました。
京王線が地下化され、景色もずいぶん変わっていました。

講演のテーマは、「児童虐待をめぐる諸課題と地域の役割」
講師は、西澤哲(さとる)氏(山梨県立大学教授)でした。


西澤先生は、関西のご出身で、「講演会は笑いをとってなんぼ」ということで随所に小ネタを挟んでお話され、関西人の私にとっては、とてもおもしろい内容でした。

まずはじめに、「私は普段『児童』虐待とは言いません」「『児』も『童』も、あまりいい意味の漢字ではないんです」というところからスタート。

印象に残ったことをメモ。

・「虐待としつけの境界線はどこですか?」とよく聞かれるが、全く別のもので接点がないので、境界線はない。
・「虐待」という言葉は、child abuse (チャイルド アビューズ)の訳語。abuse とは、乱用という意味で、アルコールや薬物の乱用と同じ意味。子どもに暴力を加えることで、親が何らかの利得(欲求の満足等)を得ること。
例えば「言っても聞かない子には叩いてでも教えるのが親の務め」⇨実際には、子どもの行動をコントロールできたという親の達成感・有能感
・日本古来の「しつけ」は、自分の感情を自分で整えることができるようにすること。乳児は、自分では「不快」を「快」にすることができない。例えば眠いと泣く。それは眠いのに寝られないのは「不快」だから。それを優しく揺らしたり、背中をトントンすることできっかけを与え、眠れるようにする。こうした働きかけが「(本来の)しつけ」であった。
・しつけがトレーニングの思想となり、体罰が用いられるようになったのは、明治以降。それまでの日本には、子どもをおおらかに見守る姿があった。(ルイス・フロイス「ヨーロッパ文化と日本文化」に記載あり)
・現在では、体罰には何のメリットもないことが証明されている。親子であっても、どんな関係であっても、暴力が許されていい関係なんてない。
・家庭よりも大事な仕事など存在しない。
・地域には、「子育ち」の支援を期待したい。親への支援ではなく、地域の大人が直接、子どもを育てることが大切。

同じ会派の白井亨市議のブログにも、詳しいレポートがあります。


これまでと違う視点で、「しつけ」と虐待について学ぶことができて、とても勉強になりました。