少し前に、
「根拠の対応づけに迷いたくない」
という話をしました。
「自分だって迷うことは十分可能性がある。」
と認めた上で、
「どういう場合だろう?」
と想定してみることをお勧めしました。
実際自分でやってみた方の中には、
以下のことに気づいた方もいるでしょう。
[根拠の対応づけに迷う場面]の想定をしようとしたら、
具体的な場面が出てこない・・・
これまでやった演習を確認してみても、ピンとこない。
「いったい、どの問題で対応づけに迷った?」
ブログを読んだとき、
確かに自分も「迷いたくない」と思った。
ということは、
迷ったことがあるはず。
でも、実際に確認してみると迷った形跡がない・・・
どういうこと???
これはとても意味のある気づきです。
(というか、そのきっかけです)
<意味のある気づき>
自分が実際にやっていることと
自分がやっていると思っていることは同じではない。
演習直後に教室で受ける質問では、
迷った形跡がない人が珍しくありません。
具体的には、こんな感じ
・別の箇所を根拠だと(迷わず)判断して、違っていた。
(どうしてダメなのか?解答例はおかしいのではないか?)
・ただただ根拠が見つからなかった。
(どうすれば見つけられる?)
迷うためには選択肢が前提となりますけれども、
それがない。
迷うこともできない。
迷うことがいいわけでも、
それを望むわけでもありません。
しかし、
「迷っていないからいい状態」というわけでもありません。