演習後の質問の場面

Eさん「私のこのこたえはダメでしょうか?」

Tさん「私のこのやり方はどのようなリスクを持っていますか?」

 

この2人のうち、

どちらが不合格になりやすいまま試験場に行くことになるか?

 

前回のリスク要因(高い得点ほどいい!)と同じくらい邪魔で、

同じくらい根深いリスク要因は、

 

自分が“考えた内容”に焦点をあててしまうことです。

(こっちのほうが根深いかもしれません)

 

結果どうなるか?

“自分がその内容を何をどのようにして考え出したのか”に焦点が当たりません。

われわれは、同時に複数のことに焦点を当てることができませんから。

 

試験は“こたえ”を出すもの。

こたえが大事。

だから、自分のこたえ(考えた内容)に興味を持つ。

 

自然なようですが、まったくおかしな話です。

 

たとえば、NPVを算出する問題があったとします。

「35.78でしょ?12.75なんかよりNPVっぽい数値ですから」

などという人はいないでしょう。

 

こたえは、ただの算出結果です。

 

算出方法と使用した数値が適切かどうかがポイントであって、

こたえなどどうでもいい。

入力とプロセスで決まるわけですから。

 

事例ⅠからⅢのこたえも、“算出結果”だと考えた方がいい。

こたえの妥当性とは、

”どのようにして出てきたこたえなのか“という手順・過程の妥当性です。

 

勉強会などでディスカッションとかやってしまうと、

ほとんどの場合、

”私のこたえ“のぶつかり合いになります。

不合格になるリスクを下げるという意味では、

ほとんど効果がありません。

 

やりたいのは、事例ⅠからⅢも含め、

計算問題のように処理することです。

”計算過程とともに“という要求だと過程してやってみましょう。