エスクローおじさんのブログ
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>
2018-08-21 07:14:18

事故物件住宅・恐い間取り

テーマ:ブログ

「事故物件住みます芸人」松原タニシをご存知でしょうか?松竹芸能所属のピン芸人ですが、訳あり住宅に実際に住んで、その結果を報告するというネタ?で一部には知られた芸人です。

 

私がなぜ知っているかというと、地元名古屋のCBCラジオ『北野誠のズバリ』(平日13:00~16:00、土曜日9:00~)に出演し、そのネタを披露していたからです。

 

この松原タニシ著・二見書房刊・1400円+税『事故物件怪談 恐い間取り』を読みました。ジュンク堂書店の入口に山積みされて、ポップつきで推薦していたので、ついつい。(ジュンク堂の戦略に乗せられた)

 

内容は自殺・殺人・孤独死などがあった住宅に住んでみた結果を間取り付きで報告したものです。事故物件になりそうな間取りなんていうのがわかればと思いましたが、正直間取りは一切関係ありません。

 

また住宅だけでなく、心霊スポットと言われる場所に行ったときの報告もあります。

 

実際読んでいると最後の方は、自分が憑りつかれるのではないかと思うほど怖い。

 

不動産の仕事をしていると、住宅は単なる商品ではなく地霊であったり神様がついているものだと理解できます。どんなに時代が進んでも、そういう点は忘れてはいけないと改めて思います。

 

読むのが遅い私が2時間で読み終わりました。せっかくですから美装のうちにどなたかにお譲りしようと思います。送料込みで1000円でお届けします。ご希望の方は携帯電話かメールにどうぞ。先着でお願いします。

 

これって「不幸の図書」ではありません。あしからず。

 

住宅・不動産に関するブログは住宅相談センター公式ブログに移動しています。

 

2018-08-20 07:49:40

東京オリンピックと東海道新幹線

テーマ:ブログ

お盆休み中、ふと思い立って「JRリニア・鉄道館」(名古屋市)に行ってきました。私は鉄っちゃんではありませんが、たまには良いかという程度の気持ちで行きましたが、これはなかなか素晴らしい。楽しめました。

 

「夢の超特急東海道新幹線の歴史」という映像を観ましたが、よくよく考えると1945年の敗戦の19年後の1964年には東京オリンピック開催とともに東海道新幹線が開通しているという、考えてみれば恐ろしい復興です。

 

その後、いまだに鉄道事故ゼロという世界に完たる偉大な移動手段として君臨していることを思えば、すごいことです。

 

そのからくりは映像の中で知ることになるのですが、すでに昭和一桁の頃から朝鮮半島を経由して満州までの高速鉄道計画が下地になっていたから成し得たことのようです。

 

ことの正否は別として、とにかく壮大な計画を実現したという事実。

 

では今回の東京オリンピック・パラリンピックはどうでしょうか?50年後に誇れる何かを成し得るのでしょうか?

 

今のところ相変わらずのハコモノ建築や道路の整備程度しか思い浮かばないのですが・・・おそらく50年後に振り替えると、「あの頃の人は想像力がなかったんだねぇ。」と言われかねないような気がします。

 

 

2018-08-18 08:35:40

高校野球・創志学園西投手のガッツポーズが注意された問題

テーマ:ブログ

今年の高校野球選手権大会は組み合わせもよく、好ゲームが続く良い大会になっているので、久しぶりに楽しんでいます。そんな中で創志学園の西純矢投手のガッツポーズが派手すぎると審判から注意を受けるという事件が起こりました。

 

高野連は「相手に対するリスペクトがなさ過ぎるので注意した。」と言っていますが、他にも「ガッツポースがいけないとルールブックには書いてない。」とか「自分の実力を出し切って三振を取ってガッツポーズをして何が悪い。」とか「投手はマウンド上では冷静でなければいけない。」などの意見が寄せられています。

 

私の考えは・・・

 

個人競技であれ団体協議であれ、スポーツは相手があって成り立つものです。西投手が一人でマウンドに立って、誰もいないホームベースに向かって力投してもガッツポーズはしないでしょう。

 

そう三振を取れるシチュエーションは、朝日新聞社が猛暑にもかかわらず大会を開催し、阪神園芸さんが完璧にグラウンドを整備して、キャッチャーが座って審判が構え、場内アナウンスがバッターをコールし相手が打席に立たなければ西投手の出番はないのです。

 

すべての関係性が成立してるからこそガッツポーズができる環境が整うのであって、自力だけでこの環境は成立しません。

 

明治以降日本の学校教育では「自我の確立」とか「個性重視」とか「アイデンティティの確立」などが教えられてきたので、どうも自分の力を過信する人が増えているようです。

 

アイデンティティは自己同一性と訳されていますが、自己が自己だけで成立するはずがないので、正しくは他者同一性とセットする必要があります。個性も他者がいてこそ個性がわかる訳で単独で個性にはなりません。

 

その点日本の従来の文化は、例えば白い紙の上に一輪の花だけを書いて終わり。残りの空間は草原であったり、月夜の庭であったり、奥山であったり、観る人が想像して余白が花を活かす訳です。余白と花一輪はセットなのです。

 

このことは西洋でもわかっている人がいて、シェークスピアは『リア王』(確か『リア王』だったと思う。『マクベス』だったらごめんなさい)の中で「黒いは白い、白いは黒い」というセリフを言わせています。黒と白はセットだとわかっているのです。

 

高野連は「西君、自力で三振を取った悦びはわかるけど、他者があっての三振ということに気づいてほしいな。ただ悦んでいるとテレビ・ネットなどで他者のことまで気が回らないオタンコナスだと世界中に広めるようなものだよ。」と注意するべきでした。

 

そういう意味では「相手に対するリスペクトがない」という言葉もあながち間違ってはいませんが、そもそも相手を相対化している点で間違っています。相手も自己も一体であってリスペクトする相手ではないのです。

 

あと例えば相撲で横綱が幕下相手に勝ってもガッツポーズはしません。幕下が横綱に勝てばガッツポーズをするでしょう。つまり本当に強い人はガッツポーズはしないということです。

 

どうも自分の実力だけで世の中切り開けると勘違いしている人が多いので気になります。この話、オタンコナスの私が言うので怪しいのですが・・・

2018-08-16 09:43:33

不道徳お母さん講座~私たちはなぜ母性と自己犠牲に感動するのか

テーマ:ブログ

新聞の書評を見て興味を持ち『不道徳お母さん講座~私たちはなぜ母性と自己犠牲に感動するのか』(堀越英美著・川出書房新社刊・1550円+税)を読みました。

 

本年度から小学校で道徳が正式な教科になりました。

 

ここで行われている授業について、明治期の事例まで遡って検証することで、明らかにおかしいということを明示しています。書評でも「これを読むとこの問題の奥深さを知ることができる」と書かれていました。

 

道徳の授業では皆さんご存知の『ごんぎつね』のほか、『星野君の二るい打』『お母さんのせいきゅう書』が扱われていますが、これらが採用されている背景を探っています。

 

また何故教材としてアニメやゲームを使わないで小説などの読書だけが採用されているのか?明治期には「小説を読むと死ぬので読んではいけない。」という指導もされていたと書かれているところでは笑っちゃいました。

 

また運動会で事故が続く巨大組体操は、何故取りやめになることがなく、今でも続けられているのか?その理由を書き、「そしてPTA活動も組体操同様、保護者から「個」を消すための装置である。」と述べます。

 

(中略)「このような理不尽を乗り越えた共感で絆を強めた集団は、従属的でない保護者を共同体感情を乱す存在として積極的に攻撃するだろう。」

 

「PTAの存在意義は、活動そのものにではなく、危険な組体操や事故、いじめ、学校にまつわるあれこれを告発しようとする保護者が現れたときに、保護者間で同調圧力をかけることにある。」との指摘は秀逸です。

 

私達は学校教育の美辞麗句に目が行き過ぎてことの本質を見失うことが多いと思いますが、この本を読むと「確かにこの問題は奥が深い」と思わざるを得ないのです。

 

住宅・不動産に関するブログは住宅相談センター公式ブログに移動しています。

2018-08-15 10:35:00

阿波おどり振興協会の総踊り強行開催

テーマ:ブログ

引き続き阿波おどりネタ。

 

阿波おどり振興協会が市長の制止を振り切って総踊りを強行実施しました。

 

市長側は「整備されていない通り(無料)で1500人もの踊り手が踊ったら、観客の事故につながりかねない。」と中止を求めたようですが、ことの本質が違っています。

 

そもそも阿波おどりは徳島城下の様々な民衆芸能が習合した上、西洋の音楽まで取り入れて完成した盆踊りで死者の鎮魂のための行事です。庶民が勝手に踊ることに意味があるのです。

 

それが証拠に整然とした振興協会の踊り手以外に、勝手にあちらこちらで踊っている人たちも大勢いました。

 

そんな盆踊りを桟敷席を作って料金を取って見せようというのは、まったくの観光資源化と言わざるを得ません。

 

世の中、なんでもかんでも金になれば良いという風潮で、庶民の盆踊りまで金にしようとするので「こっちのチケットが売れない。」とか「赤字がどうのこうの。」と言うことになるのです。また市長のように「桟敷席がないところでけが人が出たら困るでしょ。」などとトンチンカンな意見が出るのです。

 

祭りや盆踊りは神事であったり鎮魂祭なので、ケガ人や死者が出ることくらい気にしてはいけません。諏訪の御柱祭ではときどき死者も出ますが、市長が中止を勧告したなどつゆ聞きません。

 

今回の総踊りは、桟敷席のない路地で観客と踊り手が混在した満員電車状態で開催されました。本来の盆踊りに近い形態だったのではないかと高く評価します。

 

そもそも盆踊りや祭りに観客なんてものはなかったのです。盆踊りや祭りにおける観客とは、鎮魂祭や神事が観光化したために登場したもので共同社会の中には本来存在しなかったものです。桟敷席で分けて見せるなんて鎮魂祭を冒涜しています。

 

阿波おどりはその本質を明確に表しています。

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃそんそん。」

この言葉のどこに観客がいる?

 

住宅・不動産に関するブログは住宅相談センター公式ブログに移動しています。

 

 

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス