広島原爆の日
広島に原爆が投下されてから79年経ちました。広島での原爆投下によってお亡くなりになった方々へ、謹んで哀悼の意を表します。
今日、ある会で、「広島出身で被ばく3世の私は、静岡市の人たちとは今日という日を迎える思いが違う」というお話しを伺いました。
確かに、広島の人たちの核兵器廃絶に対する思いは、私たちのそれとは次元が違うかもしれません。
その広島の人たちの思いを考えるにつけ、地盤が広島である岸田総理の核兵器廃絶に関する考え方に、非常に落胆をしています。
今回の平和式典での挨拶で岸田総理は、核兵器のない世界への努力を積み重ねることは日本の使命であると述べながらも、核兵器禁止条約の批准に関しては全く取り上げませんでした。
これでは、核兵器廃絶の為に本気で動こうとしていないことは明らかです。
日本は唯一の被爆国です。核兵器禁止条約の批准をはじめ、日本政府はもっとリーダーシップを取り、核兵器のない世界の構築に努力をしなければいけないと考えます。
正義を振りかざすのはどうだろう
先日、ある支援学校の生徒たちとバスに同乗しました。
その内の一人が、「次は○○」とそれ程大きい声ではないのですが、アナウンスをしていました。微笑ましく思っていたのですが、別の生徒さんが「静かに」と、こっそりとその生徒さんを注意をしました。そうすると、その注意をした生徒に対して別の生徒さんが「そんなことを言わなくても」とまた言い出していました。
皆さん、助け合っているなあと思いましたが、今の社会、他人に厳しく、公共の場では静かにしなければならないとか、他人に迷惑をかけてはいけないというような規範が、色々な所で自分たちを縛っていると感じました。
石丸信二さんが、少子化対策として、一夫多妻制だとか遺伝子的に子供をうみだすとか言っていましたが、実際には、社会の思いやりというか、他者への寛容がないことが、子育てを大変にし、少子化に拍車をかけているような気がします。だから一人は産んでも二人目、三人目は止めようという意識が働くのではないでしょうか。「何々すべきである」「何々であるべきである」という考えは、それが本当に必要か等、よくよく考えないと、人生を生きにくくします。
LGBT法案
LGBT法案が衆議院本会議で可決されました。私は、最初から完璧な法律はないので、これは、最初の一歩だと思っています。
さて、昔、温泉に行ったとき、入り口近くで素っ裸でポーズを取っている人がいました。物凄くスタイルがよかったので、最初は見せつけているのかと思ったのですが、なんとなく、あとから考えると、性転換した元男性だったのかなあと思ったりもしたことを思い出しました。
今回、女性と自認する、男性の身体の人が女性風呂に入ったらどうするんだ等、具体的に考えやすい、反対例でこの法案に反対する方も多くいらっしゃいます。
ただ、これは、きちんと整理をしなければならない問題ではありますが、これらは、根本的な論点を隠してしまっており、反対派の人たち(LGBTの人たちを絶対認めないという人たち)の思うつぼではないでしょうか。
私が大事だと思うのは、性同一性というか、ジェンダーアイデンティティというのか、言葉は別として、色々な考えを持つ人がいて、それは内心の自由である以上、尊重する必要があるということです(憲法19条にもよる)。
ただ、内心の自由を超える場合は、一定限度制限を受ける場合がある。それが、公衆浴場やトイレなどの問題であるかと思います(これらは不当な差別ではありません)。
そして、LGBTの人たちが思っているのは、別に公衆風呂に入らせろということではなく、思いを尊重してくれ、そして、相続や種々の手続き等において不都合を解消してくれということが主ではないかと思っています。
この法案が成立したのち、丁寧な議論が行われ、変えていくべきところは変えていけばよいと考えております(特に相続や近親者の同意権等)。
自動車の未来
18日、自動車総連静岡地協政策推進コンベンションに、参加させて頂きました。
さて、私はアメリカのテレビドラマが好きなのですが、よく、そこでは、日本車の話ができてきます。そこでの日本車の評価は、高性能で、持ち主が自慢しているというシュチエーションです。その場面になると、なんとも嬉しい感じがするのですが、今、車業界は、非常に大きな過渡期に直面しております。
ご存じの通り、ガソリン車から電動自動車への移行の問題です。ここを乗り切って、これからも、世界で日本車が性能の高さを誇れるように、政治が後押しをしていかなければならないと、今回、このコンベンションに参加させて頂き、思いを強くしました。
今、国内では、高速道路の有料化を50年延長するとか、走行距離税制の導入など、負担ばかりが議論されております。
もっともっと、景気をよくするような政策を打つべきときであることは間違いありません。
それを考えると、はまぐち誠参議院議員が主張されていた、高速道路定額税制案(ワンコイン500円乗り放題)は、導入されたら日本の物流+観光にも強力に効果を与えることができるのではないかと思います。
政治はタイミングが大事
昨年度、防衛費をGDP2%まで引き上げ、その為に、法人税等を上げる予定であると岸田総理が発表した時、「どうして今なんだ」、「今増税を発表したら、景気はどうなる」、「なんて庶民の暮らしや気持ちが分からないのだ」と憤りを感じました。
かつて麻生元総理が、「カップ麺は1個400円位」と国会で答弁して、庶民の暮らしが分からないと呆れられたことがありましたが、今の政府も同じように、どれだけ庶民が物価高で大変な思いをしているのか想像ができないのでしょう。そして、今そう発表したら、経済にどう影響するのかも考えることができないのです。
景気をよくするには、皆がお金を使えるような状況を作り出さなければなりません。それなのに、給料も上がらず、物価高のときに増税をしますでは、ますます財布の紐が固くなり、消費者は、消費にお金を回すことを躊躇するでしょう。
加えて腹が立ったのが、東日本大震災で被害に遭った方たちの為の復興特別所得税を防衛費に流用するという、震災に遭った人たちや、復興を願う国民の想いも踏みにじるやり方です(形式上は、復興特別所得税を1%引き下げ、その分新たに1%を徴収し、防衛費に回すのだが、実質は流用)。
税金を上げなければならない時はくるかもしれません。しかし、それは今ではありません。もっともっと景気が良くなった時に、良くしたときに税金の負担をお願いするのが筋でしょう。
台風15号被害のボランティアに参加して
台風15号後、知り合い経由と、静岡市ボランティアセンター経由で、ボランティアに何回か参加しました。足久保、幸田新田、天王南、久能、油山です。
知り合い経由では、作業道具等を一式持っていかなければいけないのですが、ボランティアセンター経由の場合は、手ぶらで行けばよいので、気軽に参加できる利点があります。
ボランティアセンター経由の作業に参加して思ったのは、被災後、少し時間が経っていたので、非常に人手が必要だったはずの屋内の家具出し、泥出し、清掃等には、それほど関われなかったということです。関係者の方の尽力には非常に感謝するのですが、ボランティアセンターのできるだけ早急の開設が非常に大事だと感じました。そして、被災した場合、これらセンターに頼めるということの周知は、災害前からしておくことが大事だとも思いました(実際には、町内会長さん等がまわってきて、ボランティアセンターに頼んだらというアドバイスによって申し込んだ方が多かったようです)。
そして、今回は、ネットを使っての申し込みだったのですが、①最初の申し込み、②返事を待っての具体的日にちの申し込み、③当日のネットでの参加受付と、必要性に首をかしげることもありました。センター側では、人を把握して作業や機材を割り振りして万全の支度をもってボランティアを迎えたいのだとは思うのですが、もう少し、緩い感じの方が人の結集ができるのではないかと思いました。
今回は、管轄が、葵区、駿河区、清水区の3つに分けられていて、貸されるグッズにも差がありました。駿河区では、土嚢を簡単に作ることができる「土嚢君?」があり、作業が非常にはかどりました。もちろんバケツで代わりもできるのですが、それらの情報共有も必要だと思います。
そして、どこまでをボランティアが担うのかの精査も必要だと思いました。
今回以上に、大規模災害が起きたときには、もっともっとボランティアが必要でしょう。その時に、今回ボランティアに参加した人達の英知を次回に生かさなけばいけませんね(いろいろ書きましたが、ボランティアセンターの方々には感謝しております)。
裾野市の取り組み・・制服の統一化
「少数者の幸せを追求すると、多数者の幸せも実現できる」
最近、この言葉を聞き、「なるほど」と目から鱗が落ちました。
前に、工場で、女性でも軽く荷物を持てるような機械を導入したら、男性社員さんからも感謝されたというお話を伺った時も同じ思いをしたのですが、ジェンダーレス等の観点から裾野市で中学校の制服を統一したという新聞記事をみつけ、ここでも同じような感想を持ちました。
それは、そもそもこの制度は、第一の目標がLGBTの人たち(少数者)の為だったかもしれませんが、そうでなくても、寒い時や気分で、女性だってスラックスを履きたいと思うこともあります。
それを考えると、より自由に制服をチョイスできることはジェンダー問題とは特に関係がない人(多数者)にとっても、非常にありがたいことです。
それに、考えてみると、高校毎に制服を決めなければならないということもないでしょう。まあ、制服が本当に必要か否かは別としても、よい取り組みだと思いました。
これから、このような流れが主流になっていくかもしれませんね。
人生は親の収入で決まるか
今日の静岡新聞に「親収入で人生決まる」と思っている人が、「どちらかといえば」を含めると73%に上ったという記事が掲載されていました。
「人生は親の収入で決まるわけはない」と思っている私からすると、かなりヒドイ状況です。偉人伝を読んでみれば、そんなことはないと分かると思うのですが、人生を諦め気味な人が、若い人に多いことはやはり由々しき状況です。
もっともっと頑張っている人を応援して、どんな家に生まれても、頑張れば成功する、幸せになれると思える社会を作りたいものです。
参議院議員選挙を終えて
静岡新聞のトップは「自民対象 改正過半数」。社説は、国民は「岸田文雄政権を信任し、自民、公明両党による政治の安定を選択した」。
結果からみるとその通りなのだろう。
しかし、静岡選挙区の投票結果を見ると、自民党の若林氏は622,122票、平山氏と山崎氏の票数を合計すると、696,558票で逆転する。鈴木氏の票を入れると、さらに票差は拡大する。
結局、国民は自民党だけを信任しているのではなく、自民党にNOと言う人の方が多いのである。
それを考えると、野党が統一して候補者を出すことの重要性が分かる。ただし、与党は与党ということで一つにまとまれるのだが、野党は野党ということだけまとまるのはかなり難しい。何か一つの大きな切り口で選挙の時はまとまるべきなのだろう。
松山市の「勤務時間中のみだしなみモデル」
今話題の、松山市職員さんの「勤務時間中のみだしなみモデル」、非常に考えさせられる。
たとえば「結婚指輪以外の装飾品は身につけない」「マニキュアなどは透明または透明に近い色」「髪を意図的に染めることは不可。白髪染めは地毛の色で」というもの。ということは、ほとんど真っ黒の髪だらけ、、。
「なんでも縛りたがるんだなあ」と思うと共に、これは、子供達の地毛証明を求める思想に繋がるのだと思う。
私は、指輪やネックレス等をして、おしゃれにした方が、地域の経済に寄与するのではないかと思う(もちろん、あまりに奇抜な服装だったりしたらビックリするが、そんな人はほとんどいないはず)。
勤務中に、シャツにお似合いのネックレス等をしていたら評判になって、同じようなものを購入したりして、女性の口コミで、街中のお店が流行ったりする。
市役所の職員さんって、かなりの数がいるはず。皆が仕事中ももっとおしゃれして、地域の経済に寄与すると考える方が建設的ではないかしら。