高橋みほ オフィシャルブログ「みほの突撃日記」Powered by Ameba
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終戦の日 各党談話に思う

今日の静岡新聞2面の各党談話が非常に興味深い。

 

各党が、これからの日本の防衛に対してどう考えているのかがよく分かる。ある党とある党の談話が似ていたりするのも面白い。

 

さて、多くの国民は、自民党にお灸をすえたいが、野党に任せて大丈夫かと思っているのではないか。特に、外交や防衛の問題に関して、任せられるのか不安に思っているのである。

 

「政権交代」を掲げるならば、政権を取った時に、アメリカや中国と、どう軍事的に向き合っていくのか、自衛隊をどう位置づけるのか、説明できなければならない。

 

私は、現実的な脅威とはきちんと向き合っていかなければならないと考える。そして、憲法に関していえば、憲法の条文と離れすぎた現実は、憲法の制限規範としての役割を果たしていないと考えるので、そこは何らかの改正をしていく必要性があると考えている。ただし、この問題は戦後の非常に大きな問題であるので、簡単には合意形成ができない。そう考えると、コロナ禍、優先順位としては低いと思っている。

 

最後に、「必要なのは正確な情報を伝えるメディアと少数派の人権、自由を守ることだ」とするNHK党(略称)の談話は興味深い。私はメディアが悪いとは思っていないが、「必要なのは、正確な情報を伝える<政府>と少数派の人権、自由を守ることだ」であることはコロナ禍、肝に銘じなければいけないからである。

 

発達障害女子の当事者演劇「わたし」

SPAC所属の俳優である関根淳子さんが演ずる発達障害女子の当事者演劇「わたし」を見に行きました。

 

自由に歩き回れる席とか、他人を気にせず見られる暗幕付きの席とか、劇中、真っ暗にしないとか、いろいろな配慮がありました。

 

関根淳子さんの演技は非常に素晴らしく、あっという間の1時間でした。

 

さて、発達障害の人が、マニュアルとどう関わるかということが主題だと思いますが、マニュアルに囚われすぎると「わたし」でなくなるし、「わたし」を貫くと周囲とうまくいかないしで、簡単に答えがでないものでした。

 

ただ、私が思ったのは、誰でも多かれ少なかれ人間関係に悩み、どうしたらよいか日々模索しているのではないかということです。結局、皆、考え方は違うし、違わなかったらおかしいと思っていくことが大事なのではないかと思いました。

 

やはり、「人と違ってあたりまえ」という風土を作っていかなければならないのです。


県知事選挙で有権者の皆様と

今日は、川勝平太知事の応援で、静岡市内をめぐりました。

 

 その際、多くの人から、いろいろなご意見を頂きました。

 

 まずは、私と同い年の女性の方から。

 仕事を探している最中なのだが、この年になると、なかなか職場が見つからず、非常に不安であるとのこと。

 

 次の男性の方は、前に定年後に2千万円用意しないと安心した生活はできないという話だったが、今、全くその話がでない。安心して暮らせる老後を構築して欲しいとのこと。

 

 三人目の女性の方は、若い人達が政治に無関心であって、それでは若い人に未来はない。どうにかして政治に関心をもってもらえるようにして欲しいとのこと。

 

 皆さん、今のままでは非常に不安であるとの思いが一致しているように感じました。政治は皆さんの不安を解消して、明るい暮らしを保障するためにあるようなものだと思っています。

 

 きちんと答えをだしていかなければと痛感しています。

 

 

「駿府目付が歩いた道」・・東京時代から静岡時代へ・・皆さんご存じのように、駿府は徳川忠長...

憲法の前文

憲法記念日によせて

 

私は、憲法の前文(以下参照)が好きだ。非常に格調が高いと思う。ただ、この前文を読むと、憲法の崇高な精神は、簡単には保持できず、不断の努力によって、保持されていかなければならない、それが国民の務めだと、格調高くも国民に突き付けられていると思っている。ここでいう、私が思う憲法の精神とは、国民一人一人の人権が大切にされ、国民が国の行く末を決定し、そして、国際平和を日本が先頭に立って追求していく、それが日本の国のあり方であるというものである。

 

さて、この崇高な精神を保持していくためには、憲法をただのお飾りに置いておくのではなく、不断の努力によって、時代に応じて、憲法の条文を変えていくことが必要か否かを考えなければいけないと思っている。

 

今、日本では、「政治不信」というよりも、「政治家不信」が極まっている。それを考えると、与党が好きな時に解散権の行使ができる要因である、憲法上あいまいな、実質的な解散権の所在を確定し、どのような場合に、解散権が行使できるのかは明記する必要があると考えている。

 

 

日本国憲法前文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

35人学級

35人学級

 

25年までに、政府は公立小学校の1学級あたりの児童数の上限を現在の40人から35人に引き下げるという方針を決めたという報道がありました。

 

さて、私が小学生のころ、だいたい1学級は42人平均だったと思います(当時法律では45人以下との定め)。

 

それから、50年あまりもたって、やっと35人以下とはあまりにも遅く、あきれるばかりです(80年度から40人以下になっています)。こういうところに、今の政府の、教育にお金をかけないという姿勢が見受けられるといわざるをえません。

 

さて、小学校の1学級の定員減は当然必要だとは思いますが、それよりも、教員補助員を増やしていくこともやらなければならないかと思っています。

 

先日、静岡の小学校でキャリア教育をさせて頂きましたが、そのとき、先生が、補助に入ってくれ、授業についていけない人のフォローにまわってくれました。同一の授業をやると、どうしても、ついていける生徒、ついていけない生徒が出てしまいます。

 

そのとき、フォローする先生がいることが、その生徒にも、他の生徒にも重要なことだと思います。

 

1学級の生徒減だけではなく、ただ、その役割が教員補助という制度でよいのかは検討の余地がありますが(あまりに薄給である点など)、なによりも、複数の教員を配置することは今後、非常に望まれる制度ではないかと思っています。

 

 

 

ヤングケアラー問題

今日の読売新聞に、埼玉県内の高校2年生の25人に1人が家族の介護や世話に追われるヤングケアラーであるというかなり衝撃的な記事が掲載されていました。

 

もちろん、親が忙しければ、お手伝いをするのは当たり前であるといえるのですが、その負担が大きすぎて、勉学にも差しさわりがあるのならば、早急に対応をしていかなければならないかと思います。

 

この記事を見て頂ければわかるのですが、ケアの理由として、親が仕事で忙しいということが一番多く挙げられています。働き方改革と親世代の貧困の撲滅を急がなければいけません。

 

 

AI(人工知能)の未来

私は、シルベスター・スタローンのファンであり、ロッキー最高!!という人間であるが、スタローンの映画の中で興味深かったのが、デモリションマンというものである。

 

近未来でスタローンが活躍するものであるが、そこは、コンピュータによって徹底管理された社会であった。

 

今でいうとAIに管理された社会であり、映画作成当時は荒唐無稽なものであったろうが、ある種、未来社会を先取りしたものにも思える。

 

なぜ、いまその映画を思い出したかというと、先日、新聞に明治安田生命保険が内勤社員を対象に、人事異動に人工知能技術を採用するという記事を見たからである。生産性を高めるために、個々の適性や能力をAIが分析して人事を決めるのだが(最終的には人事担当者が決めるそうだが)、怖いなあと思ってしまった。

 

さらに、今、インターネットでは、利用者に適した記事が配信され、皆が同じニュースを見るのではない。

 

政治の世界でも、注意をしないと記事そのものが、偏向性あるものに置き換えられかねない。

 

AIとどう向き合っていくのか、政治の世界の大きなテーマになりつつある。

生殖医療特例法の成立について

生殖医療特例法が12月4日、成立しました。

 

これは、第三者から卵子や精子の提供を受けるという生殖補助医療で生まれた子供の親子関係を明確にする民法の特例法です。

 

卵子提供の場合は、産んだ女性が母親で、妻が夫の同意を得て夫以外から精子の提供を受けて妊娠した場合、夫は自分の子であることを否認できないというものです。

 

実はこの問題については、私が現職のとき取り上げて、法整備を求めたものでしたが、やっと成立の運びとなりました。

 

ただ、私が問題提起をしていたころからすでに約6年あまり経っており、あまりに法整備が遅いということに驚くばかりです。

 

また、そこで一番問題だった、子が生殖上の親を知る権利については、2年をめどに法的な措置を検討するということになり、まだまだ道半ばという感じです。

 

遺伝子上の親を知りたいという思いは非常に強いもので、子のアイデンティティに非常にかかわるもののようです。

 

今まで卵子や精子を匿名を条件に提供してきた人たちに関しては、その条件が変わることはないと思いますが、これからは、提供者も一定の結果(親子の関係は否定されるが、子が提供者の情報を知ることができる等)が生じることも認める方向にいくかと思います。

 

そのあたりの法制度を早くしなければならないでしょう。

 

 

 

 

新国民民主党への参加の表明

本日、国民民主党と立憲民主党が合流する新党には参加せず、玉木代表、榛葉県連代表が作る予定の国民民主党に参加したい旨、記者発表をさせて頂きました。
 
私はもともと「改革ど真ん中」な政治を目指してきました。それは、右とか左とかではなく、多くの国民が望んでいるであろう、「穏健だけれども、是々非々で間違っていることは間違っていると言い、今よりも少しでもよい社会を目指して対話を続けながら(熟議民主主義)提案・改革をし続ける政治」が大事だと思っているからです。
 
今回の合流問題では、どう考えても左に舵を切ってしまう可能性が高く、「改革ど真ん中」「改革中道」路線の継承ができないと考えました。
 
ご支援していただいている方々に、詳しい説明がまだで、大変申し訳ございませんが、ご説明にあがることもあるかと思います。
 
これからも、ご支持を宜しくお願いします。

 

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