少し加筆しました。


富山は新幹線で2時間。思ったより近かった。


新幹線の窓外を見ながら思う。

このオファーをいただいたのはいつだっただろうか。



忠臣蔵、といえば大石内蔵助。若い頃忠臣蔵を観て、「やるのなら内蔵助!」と思っていた。勝手に😆



それがなんと吉良上野介の役をいただいた❗️

歴代、それはそれはアクの強い大先輩方がそれぞれの吉良公を演じておられる。



僕が子供の頃は、毎年年末には、スケールの大きな作品としてテレビでオンエアされ、中には長尺のもの、

大河でも見方や作りを変え、タイトル違いで何本もあった。


長いシリーズでは年末と言わず50本もの三船プロのシリーズもあり、さまざまな角度から作られたものが無数にあると言っても過言ではないこのエピソード。



昭和の時代に観たこの物語は勧善懲悪の物語として完全なる作品であると思ってた。




その中で出てくる、稀代の悪役、吉良上野介。




歴代の名優の先輩方が演じていながらも、

最後は決まって、人間性や全ての事情などどこへやらの様で、浅野内匠頭に意地悪をした因果応報とばかりに、ただの哀れな老人として、浪士達に討たれる。

勧善懲悪の作りだ。




しかし、役作りのためにさまざまな文献を調べれば調べるほどに(今の時点では)浄瑠璃や歌舞伎、映画などで描かれたものが、事実とは異なることが浮き彫りになってくる。なぜあのような作りなのか、なぜ世俗の娯楽作品として出来上がったのかについても諸説あるが。)



この物語はどちら側から見るかによって全く変わる。

大勢が関わる、それぞれの胸中は十人十色。それぞれを主役に、一人一人から見たこの物語を作り始めたら無数にできる。


あくまで芝居として稽古をしてるだけでも、気持ちの角の置き所を色々と変えても成立する。

奥深く面白くて興味が尽きない。



しかしかつてはディテールの詳細度は違えども、大方のストーリー、そこにある価値観は決まっていた。



僕は今回役作りにあたって、過去の作品を見まくっていると、ご領地である愛知県西尾市吉良町に出向きたくなり、菩提寺の華蔵寺はじめ、ゆかりの地に訪れたが、地元の方は皆名君として吉良公を愛している事を見聞きし、実感した。




この300年、事実から曲げられて、エンターテイメント作品の中で完全なる悪として描かれてきたことを共に耐えてきた感さえする地元の方々。





「公よ忍べ」「忍」と掘られ、建てられた慰霊塔。



菩提寺の華蔵寺に安置されている、吉良公50歳の時の木造。そのお顔をどれだけ眺めていただろうか。



何も答えは返ってこない。

諦めのような、気にも止められていないような。。

どうにでもするがよい、とでも言われているような静けさ。


ゆかりの寺社や史跡を歩いて回った。






ご遺体が埋葬されているとも言われている、

東京中野区上高田にある萬昌院功運寺の墓所



初めてお参りに行った午後、討ち入りの日が近いからと剪定していた松の枝を頂戴し、楽屋に生けた。




そして未だ首洗いの井戸のある本所の吉良邸跡。そこにある、60歳の時の木造の公のお顔。。。



浅野内匠頭は切腹前に、家臣の片岡源五右衛門に「無念だ」と告げたと伝えられているが、



多くのものに触れ、手を合わせるごとに、

討ち入られたその時には、吉良公こそ、強く「無念」を感じたのではなかろうかと感じるようになり、


このお顔から想像を膨らませて頭の中でAIのように様々なことを推察する。



史実は真実ではないと言われる。

また、人の心の中も書いてはいない。

残る書簡などから推察する。

そこを埋めるというのがこの仕事の面白いところ爆笑



しかし、ただ吉良公だけが一方的に悪かったとは、どうしても思えない。



高家饗応指南役として、少し長すぎる任期であったために、もしかしたら慢心故の行き過ぎた事があったかもしれない。

しかし当時の「身分違い」しかも桁違いの立場の人間のやり取りとしては、どこまでが普通で、どこからが度を超えたものなのか、そこまで調べるに至っていないが、、。



しかし30年以上勤めてきたお役、

殿中において、一年に一回の勅諭奉答という、朝廷御勅使と、将軍はじめ幕府高官が集う大切な日、加えて同時に将軍綱吉が自身の母に女性としての最高勲位を与えんとする日にを、高家吉良公がいたずらに場を乱さんとすることは考えにくい。



殿中に於いて抜刀すれば、自身は切腹、お家断絶、当然家来衆は路頭に迷うということをわかっていながら、浅野内匠頭の立場として、たとえ何があろうとも、刃傷に及ぶことは、正気の沙汰とは思えない。



内匠頭の、気位の高さ?もののふの個人としての誇り?はたまた育ち方? 短気?

様々なことが推察され、これもまた諸説ある。



吉良側に立って様々なことを心身に沁み込ませていくとどうしてもただの悪者には思えない。


しかし役作りにおいて、受け継がれてきた、エンターテイメントとして出来上がった形は再現しなければならないことは前提として、



もしお引き受けさせていただくとしたなら、できることならば最後は武士として果てたいとお伝えさせていただいた。



どうもこれはワンサイドの勧善懲悪では済まされない、様々なことが絡み合い、奥の深い複雑な精神が蠢く故の作品だと感じたからだ。



吉良上野介は実際には文官であったが、子供の頃の手習として剣は握っているにちがいない。


吉良上野介はとても聡明で見目麗しい青年であったという。妻、上杉富子はそれに心奪われ惚れ込んだとのこと。ならばどこかに二枚目は混ざっててもいい。


もしかしたら、上野介は才は専ら文にあり、武にはついに冴えを見せない子供だったかもしれない。

しかし武士の精神性への憧れは持って育ったかもしれない。


そして、世は変わった。



もしかしたら、それ故に、天下統一がなされ人を殺すことがなくなった世を、若き日の上野介はさらに泰平の世を推し進めようという考えの持ち主だったかもしれない。あくまで個人的な妄想。

(そこまで本番に反映するかはわからないが。〉


また一方で、足利の流れを持ち、北条の流れを汲む名家でありながらもお家が衰退仕掛けた折、家康公によって再び持ち上げられた経緯のあるお家。


彼はそんなお家をなんとしても潰すわけにはいかないという強い使命感も背負っていたのかもしれない。


だとすると、


吉良もかつては内匠頭や内蔵助の様に、

青雲の志とあの目を持っていただろうに、


在りし日の御政道に燃えていた自分が、政の中で生き残ってゆく為に、

踏み入れざるを得なかった、綺麗ごとだけでは済まない政治の世界の仕事に取り組んでいる間に、

いつしか変容してしまった。。



内匠頭に会う前からそこに気づき始めて、

自分でも抑えられない苛立ちが吉良の中で渦巻いていた。日頃から増幅し、自らを引き裂くような想いを何でおさめようかと。


そんな折、あの内匠頭の澱みなく、迷いがない瞳と出会い、それはもう決して取り戻せない、引き返せない

己の、変容し果てた人生を突きつけられる気になる。


それを認めるわけにもいかない憤りが、あの目に対する怒りとして沸き起こったのではないかと。


内匠頭の目を見る遥か前から吉良には自分の人生を政権によって捻じ曲げられ、泥水を飲み、いつしか流れに飲み込まれ、気づくと左派の中心近くに成って来た自分に、もののふとしての恥を感じ、

世の中や自分に対しての、もう取り戻せない人生に怒りが込み上げる。


己も懸命に生きて来たはずなのに。。


内匠頭の様な目に対する羨望。


『あの目』を消すことでしか、解消することができなかった自分への失望や怒り。


(これは自分の中にあった想いと、ある尊敬する先輩俳優さんとやりとりした中でのお言葉を一部拝借したものであるが)


炭小屋の中で体が震える。

もはや死に対する恐怖ではなく、己の辿ってきた道への運命、

そしてあるいは、それを抜け出すことへの期待だったのかもしれない。



ま、雪降る夜に寝巻き一枚ですみ小屋に隠れてたら寒くて震えもくるだろうけどね。

ま、これはともかく。笑



様々な角度からのこの物語を咀嚼して取捨選択し、

3時間ほどに纏め組み上げられた脚本に書かれた言葉の裏にどんな想いを埋めていくか。言葉にならないような感情や忘れてしまった出来事で残ったトラウマまでも合理的にどう練り込んでいくか。



お約束のエンターテイメントの役割と、

人物の本音かもしれない部分とを、主観と客観を行ったり来たりしながら、言葉ひとつひとつに念を込めて演じ分けるようにしようと。



そして若い俳優さん達とのバランスも測り、主役との対比、対立構造も測り、その考えをちょうどよく表現できる落としどころを探し続ける毎日。


共演者の細かなニュアンスも逃さず捉え、芝居を微妙に変えて毎日過ごす。


楽しい。


舞台というのは毎日が稽古で挑戦なのか。

実は前出の先輩俳優さんとは橋本じゅんさんのことだが、舞台出演は、去年じゅんさんと知り合い、彼の勧めで。ここにきて舞台のお声をかけていただいたときは挑戦してみようという気になった。



素晴らしい台本が出来上がってきて、


堤幸彦監督の、映像監督ならではの作り、

なんともクレバーで無駄のない的確な演出のもと、


主役の上川隆也さんの太い幹たる芝居をもとに、


1ヶ月の稽古を行い、1ヶ月の公演も重ねるが未だ

「完成」することがなく。。


その日その日の一幕一場の浅野内匠頭のキャラを袖で捕まえて、


それを元に吉良がどれくらいのニュアンスであればいいかなどと沸き起こる感情(主観)を客観的に感じながら、使い分けながら、もちろん芝居の大枠は変えない範囲のことであるけど、瞬間で変化する細かい情報を受け取っての丁々発止を楽しみつつ演じるというのはとても楽しい。

舞台の芝居としてはどうなのだろうか。

そもそもルールはあるんだろうか。

あるとしたら誰が作って、必ずそれを守らねばならぬものだろうか。



でも今やそれはきっとその演出家、現場によるはず。


自分の仕事の範囲として、今色々と下調べし身体に入れて舞台に立っているつもりだが、ちゃんと観るに耐えうる表現に至っているのだろうか。


役割を果たしつつ新しい部分をも提示できてるだろうか。


評価というのはなかなか耳に入ってこない。

まだまだ疑うべきところがあるはず。




などと窓の外を見ながら未だずっと考えていたらあっという間に東京に着いた。




残すところ週末からの大阪と、

大千穐楽の新潟を残すのみ。


考えることをやめず、後悔のない千穐楽を目指します。


何がどうあれ、できることをやるしかないすね。