きょうから、テレビが大変です ――。昭和60(1985)年10月7日(月曜)、訃報が伝えられた 久米宏さん(享年81)がキャスターを務めた ニュースステーション(テレビ朝日)の番宣広告。

自分が子どもだったせいもあるが、それまでどこか難解でありつつ敷居も高かったニュース番組を、視聴者側からの視点に寄り添いつつ「わかりやすく」した番組ではあった。もちろん功罪はあったのだろうが、以降は続々キャスター側が「意見を述べる」番組が増えていった印象だ。

昭和60(1985)年10月7日(月曜)のテレビ欄
初回となったこの日は、チェコ・プラハのインタービジョン本部のスタジオから ソ連・東欧圏の息吹 を衛星中継にて伝えている。番組開始から4日後(10月11日)には 国鉄の分割民営化 が発表されたり、9日後(10月16日)には 阪神タイガースが21年ぶりにセ・リーグ優勝、また同じくテレビ朝日の老舗番組『アフタヌーンショー』にて、女子中学生のリンチ事件報道において「やらせ」演出が発覚したことで番組が終了したのもこの月。いろいろと話題に事欠かない船出だったはずだ。

それはそうと、久米さんといえばTBSの局アナ時代に司会を務めていた『ぴったし カン・カン』(昭和50~61年)にて、伏せ字部分を読み上げる際に使う「ホニャララ」なる単語を世に広めた人物としても知られる。

この番組が放送スタートしたのは 昭和50(1975)年の10月7日(火曜)。つまりは『ニュースステーション』が始まる ピッタリ10年前 だったというのも奇縁。合掌。
昭和50(1975)年10月7日(火曜)のテレビ欄
