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 一般参加可能な講演会のお知らせ。
年末特別講演会「京都大学大学院教授、元安倍内閣・内閣官房参与 藤井聡様」
2019年12月4日(水) 18:45~ 東京都新宿区
【MMT (現代貨幣理論)を学び、日本経済を展望する】
 
 
 チャンネル桜「Front Japan 桜」に出演しました。
 
 わたくしは映画館にはあまり行かないのですが、「家族を想うとき」(Sorry We Missded You)のケン・ローチ監督の前作「わたしは、ダニエル・ブレイク」は有楽町で観ました。

 緊縮財政が行き着く先、「日本の未来」について、いやというほど分かりやすく教えてもらいました。(ローチ監督の作品は、「現実」のイギリスが舞台)

 ちなみに、「Sorry We Missded You」とは、イギリスの宅配便の不在連絡票の決まり文句のようですが、邦題はそのままでも良かったような気がいたします。

 いずれにしても、本映画は映画館に見に行きたいです。「家族を想うとき」は12月13日公開です。
 
 さて、「家族を想うとき」の話は、イギリスの実話を元にしていますが、日本にしても他国事ではありません。

 すでに、Uber Eatsやアマゾンフレックスという形で、日本でも始まっています
 
 要は、本来は、
「企業が『従業員』として雇用し、緊急時(風邪でお休みとか)の際には、他の従業員をディスパッチし、互いに助け合うことでサービスを維持し、安全を確保する」
 べきであるにも関わらず、ドライバー(個人事業主)と「業務委託契約」し、配達をさせる。ドライバーは、全てが自己責任で、何があっても企業側は責任をとらない。
 その上、企業は保険料などを節約でき、しかも「家族を想うとき」では、ドライバーが休んだら「罰金徴収」というわけでございます。

 企業の利益「だけ」を追求し、福祉や安全、従業員を含めて「みんなで豊かになろう」という発想が消滅した結果、「全ては自己責任」の世界に突入しているのです。

 日本では、政府が「フリーランス」を推奨し、さらに白タク解禁の動きが始まっているため、このままでは「家族を想うとき」が「今の日本」になるのは時間の問題でしょう。
 
 日本もイギリスも、グローバル化の「終着点」に近づいているのです。会社も、国家も、家族ですら、自分を守ってくれない、万人の万人に対する闘争の世界ですね。
 
【歴史音声コンテンツ 経世史論】
http://keiseiron-kenkyujo.jp/apply/
※11月5日から上島嘉郎先生と三橋貴明の対談「自虐史観はなぜ始まり、深刻化したのか」がご視聴頂けます。
 
グローバル化の弊害を見落とし、トランプ台頭を招いた経済学者のいまさらの懺悔
<グローバル化の行き過ぎと米製造業の空洞化を見抜けず、結果的にトランプ政権誕生を助けたポール・クルーグマンがついに自己批判した>
 ノーベル賞の受賞者でコラムニストとしても知られる経済学者のポール・クルーグマンは、論敵をコテンパンにこき下ろす激辛の論調で名をはせてきた。
 1990年代初めから精力的に著書や論説を発表。急速に進むグローバル化に疑義を唱える論客には片っ端から「経済音痴」のレッテルを貼ってきた。特に中国との競争を危惧する議論を聞くと、「バカらしい」のひとことで切って捨てる。心配ない、自由貿易が自国経済に及ぼす負の影響など取るに足らない。それがお決まりのセリフだった。
 そのクルーグマンが突如、宗旨変えした。今年10月、「経済学者(私も含む)はグローバル化の何を見誤ったか」と題した論説を発表。自分をはじめ主流派の経済学者は「一連の流れの非常に重要な部分を見落としていた」と自己批判したのだ。
クルーグマンによれば、経済学者たちはグローバル化が「超グローバル化」にエスカレートし、アメリカの製造業を支えてきた中間層が経済・社会的な大変動に見舞われることに気付かなかった。中国との競争でアメリカの労働者が被る深刻な痛手を過小評価していた、というのだ。
 ラストベルト(さびついた工業地帯)の衰退ぶりを見ると、ようやく認めてくれたか、と言いたくもなる。謙虚になったクルーグマンは、さらに重大な問いに答えねばならない。彼をはじめ主流派の経済学者が歴代の政権に自由貿易をせっせと推奨したために、保護主義のポピュリスト、すなわちドナルド・トランプが大統領になれたのではないか、という問いだ。
 公平を期すなら、クルーグマンはここ数年、過去の見解の誤りを率直に認めるようになっていた。彼は経済学者でありながら経済学者に手厳しいことでも知られる。2008年の金融危機後には、過去30年のマクロ経済学の多くの予測を「良くても驚くほど役に立たず、最悪の場合、明らかに有害」だったと総括した。(後略)』
 
 「いまさらの懺悔」という見出しですが、懺悔しないよりはましです。

 アメリカでもイギリスでも、日本でも、「経済学者」「経済界」「官僚」そして「政治家」の連合、愚劣なカルテットにより推進されています。そして、彼らが「反省」することは、まずありません。何しろ、反省し、懺悔したところで、何の得もないのです。このまま、勝ち組として人生を終えようとするに決まっています。

 カルテットのうち、我々がコントロールできるのは「政治家」のみです。そして、国民主権国家において、国民が政治を「正す」ことは、権利というよりは義務になります。

 皮肉な話ですが、自民党は日本の「政党政治」における政党です。政党政治は、普通選挙、国民主権が前提となっています。(つまりは、中国は政党政治ではありません)

 「家族を想うとき」や「わたしは、ダニエル・ブレイク」を観れば誰でも同じ感想になると思いますが、グローバリズムは共同体(「家族」ですら!)を分断し、人間を「個別化」していきます。最終的には、民主政治に必須のナショナリズムが破壊され、政党政治が成り立たなくなるわけです。 

 つまりは、現在の自民党はグローバリズムを推進することで、自らの「消滅」を促進していることになります。だからこそ、次作のタイトル(仮)は「自民党の消滅」なのでございます。

 それはともかく、エスカレートするグローバル化にストップをかけなければなりません。ことの「本質」を理解した政治家を増やすのです。
 さもなければ、日本人が「家族を想うとき」を観た際に、
「え? 何が問題なの? 普通じゃん」
 と、異様な感想を持つ日が確実に訪れます。
 
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