節分の日に想うこと | 【こころのエステ・フィットネス札幌】 ~貴方を内面から輝かせる愛 ~ 聖書のことば・智 慧[EQサプリメント]
2018年02月04日(日)

節分の日に想うこと

テーマ:【聖書と日本文化の不思議な関係】

「節分」(豆まき)の季節です。

「鬼は外、福は内」の掛け声を耳にする時、

個人的に想うことです。

 

聖書の文化の中にも似た考え方がありますので、

今日は少しご紹介してみたいと思います。

 

 

聖書に「種まきのたとえ」(マタイ福音書13章3節~43節)

といわれる箇所があります。まとめると「こころを神様の愛

言葉で一杯に満たし、行動しましょう」という内容です。

 

まず「豆」ですが、豆は「種」と言えるのではないでしょうか。

聖書で「種」は「聖書の言葉」「神様の愛の言葉」の象徴です。

「神様の愛」それは人を幸せにし、こころと行いを守るものと

信じます。

 

その言葉「種」をこころに「蒔く」のです。

それはやがて成長し「芽が出て、花が咲き、

実を実らせ」ます。実り多い人生のために

たくさんの種を蒔く・・・のです。

「畑」はこころです。

 

一方「鬼」は「悪いこころ」を現すのではないでしょうか。

聖書では「悪いこころ」は「自己中心の思い」とされます。

残念ながら、わたくしを含めてすべての人が

「自己中心の奴隷」になってしまっている・・・

と聖書は告げます。「自己中心の思い」は人を幸せに

することがありません。

 

そのため、愛の神様は自己中心の奴隷になってしまった人間

を解放してくださるために、十字架に架かられた

十字架の愛ですべて赦してくださる方

 

と教えられています。その愛と赦しを信じ、

自己中心的な思い「悪い心」を克服するのです。

人間のこころを見つめ続けることから、

神様のこころを見つめることに視点を移すことで

人は、自己中心的な思いから目がそらされるというのですが

いかがでしょうか。

 

「鬼は外、福は内」という掛け声を聞くと、わたくし個人的には

「神様の愛がこころに一杯になるように、良くない思いは

 こころから出て行くように」と祈ることを思います。

 

みなさまのこころが愛と平安に満たされますように

お祈りしています。

 

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