春のうららかな陽光が差し込むオープンカフェでiPadに


向かって渋面を作っている男が一人。


「ああもう、ここのデザインがイマイチなんだよな。


やっぱりこっちにした方がいいのかなぁ・・・」


男は20代の後半というところだろうか。レイバン


の黒縁眼鏡で長い睫毛と薄い茶色い眸を隠しな


がら、やや下がった眉尻が顔の印象を優しくして


いた。この店のカプチーノは男の好みに合っている。


男が手探りでカップの持ち手に指をかけた途端、


「誰か助けて!」


若い女性と思しき悲鳴が耳に飛び込んだ。男は


はっと顔を上げた。逃げていく男の背中が視界に


入った。黒縁眼鏡の男はそこにいた誰よりも素早く


立ち上がって追いかけた。




「本当にありがとうございました。」


決して派手ではないが品の良い身なりをした女が


何度も何度も頭を下げた。


「いや、そんなに何度も。」


黒縁眼鏡の男は照れくさそうに手を振った。


「あの・・・これ。」


女は周囲にレースのついた花柄のハンカチをバッグ


から取り出し差し出した。ひったくり犯とやりあった時


にできた頬の傷から血が滲み出していたからだ。


「どうってことないです。こんなの。」


そういって傷に触ってから、「痛っ」と顔をしかめて


手を引っ込めた。女はもう一度「どうぞ」とハンカチを


勧めた。男も今度は「すみません」と頭を下げて素直


に受け取った。


「足、速いんですね。」


女は驚きとも尊敬ともとれる眼差しで男を見た。


「まあ足の速いのだけが取り柄っていうか。まさか


人の役に立てるとは思わなかったけど・・・」


男がはにかみながら答えると女は「いいえ」と頭を


ゆっくり振って、


「あなたの足が速くて本当に良かった。」


にっこりと笑った笑顔が春の日差しに映えて眩しく、


男は気色ばんで眼鏡を外すと整った顔立ちが露に


なった。


その後、男と女が親しくなるのにさして時間はかか


らなかった。