神旅 仏旅 むすび旅

人の心は常に脚光を浴びるものに傾く。その中で本来のものを忘却していく事は歴史の中で繰り返えされてきました。日本の歴史財産である神社仏閣もそうです。巡礼をつづけると歴史の忘却したものに出会うことがある。その忘却した記憶を拾い集めています。


テーマ:
image

ブログ☞海神 安曇族の伝承地をおとずれる



志賀海神社から、右方向に海岸線を歩いて行きました。







こちらの沿岸は、岩場ですね〜







志賀島は密漁禁止で、魚介類を捕る事は出来ない。






10分程歩いて行くと見えてきました。
二つとも穴が開いていて、通称「めがね岩」とも言われる





この岩は「龍宮瀬」とも呼ばれ、浦島太郎と乙姫が出会った場所とされるそうです。
「二見岩」には志賀島独自の「浦島太郎」伝説が伝わっています。

「昔、志賀島では南側の志賀地区を「表」と表現し、礎鹿(しか)と呼び、北側の勝馬地区を「裏」と表現し、浦島(裏島)と呼んでいたそうです。
その浦島に太郎という働き者の若者がおり、村長の一人娘姫子と夫婦になるだろうとうわさされていた。ある夏、太郎が岩場で魚釣りをしていると、 激流に打ちのめされ傷だらけのを見つけ、薬草を塗り海に放したところ大あらしになり、太郎は大波にのまれ、翌朝、浜に打ち上げられたそうです。
村長は村人と看病したが「助けた亀で竜宮に行った」などと口走り、よくなる様子がありませんでした。 村長は太郎の空言を現実に作ろうと、二見岩を美しく染め、そばの料理屋を竜宮城に変え、姫子を乙姫にして、太郎を亀に乗せて行かせた。 乙姫を見た太郎は驚きで正気に戻り、二人はめでたく夫婦に・・・』と言ったもので

志賀地区を「表」礎鹿(しか)と呼び、それで志賀海神社には「鹿角庫」があり、鹿の角が奉納されたのかと想像します。

また、「助けた亀で竜宮に行った」のは、

黄金雌雄の亀に乗った志賀明神と勝馬明神が出現され、神功皇后へ千珠満珠の玉を授け、船の舵と航路を守り導いたと伝えられ、志賀海神社志式神社(ししきじんじゃ)にも「亀石」があります。おもしろいですねニコニコ



もうひとつ
滋賀県野洲郡の名神大社に指定されている「兵主大社」の御神紋は「二重亀甲に花菱 亀甲に鹿角」のです。亀と鹿が合体してますよ。
兵主大社の別の起源では、「兵主大明神縁起」(慶長9年、1604年)によると、大己貴命(兵主大社御祭神)が養老2年(718年)、不動明王の姿をかりて、琵琶湖の対岸、穴太より八崎浦に上陸されたと記載されている。
この兵主大社鎮座伝承と深く関わる三つの動物、兵主大明神の化身である「白蛇」と、白蛇を背に乗せて湖上を運んできた「大亀」、それに八崎浦より五条の鎮座地まで白蛇を護り運んだ「鹿」の伝承があり、神社の北側に【 鹿塚】が、野田沼の干拓地の中に【亀塚】が現在も残っているという。

兵主大明神が湖上を渡来した。

野洲市の大岩山では、24個の銅鐸(どうたく)が出土しており、一ヶ所から見つかった銅鐸の数としては、島根県の加茂岩倉遺跡の39個に次いで多い数(大岩山銅鐸には、日本最大の銅鐸が含まれている)


しが(志賀)島と、しが(滋賀)県
なんとなく、つながりがあるような気がします









二見岩のように、海の磐座といえば「伊勢の夫婦岩」「出雲の佐太大神が誕生した加賀潜戸」が浮かびます。


▶伊勢には、有名な「夫婦岩」があります。また猿田彦命の出現の地としても知られています。
夫婦岩は古来より日の出遙拝所として知られてきました。沖合約700m先には猿田彦大神縁りの興玉神石(霊石)が鎮まり、そこは降臨する神の依り代であり、常世の国から神が寄りつく聖なる処と言われてきました。
夫婦岩はこの興玉神石と日の出を遙拝する鳥居とみなされています。

二見ヶ浦の興玉神社は、夫婦岩から夏至の太陽(沖魂)を拝する場所にあるが「天岩窟(あまのいわや)」と呼ばれる洞窟が、東に入口をあけており、興玉神はこの洞窟に入るといわれています。

伊勢国一宮 椿大神社の猿田彦大神は 亦の御名を「興玉(おきたま)の神」と称え奉り、神々の御霊を奮い興こす導きの神とも言われている。
また「船玉の神」として航海に関する守り神としても知られている。


▶出雲四大神の一人の佐太大神(さだのおおかみ)が誕生したのが現在の加賀潜戸(かがのくけど)といわれている。
佐太大神が生まれるとき、母親のキサカヒメ(枳佐加比目売)は弓矢を「何と暗い岩屋である」といって岩屋を射通してしまい、そして佐太大神が生まれたという。
新潜戸は加賀港湾の突端に切り開いた高さ40M、長さ200mの海中の大洞窟で三方に通行があります。神崎内室、屏風岩、御盥岩、御釜口、的島、千畳敷等の地名が今もなお残っている。
このあたりを船で往来するときは、必ず大声を出していかなければならないと伝えられている。そうしないと、神がつむじ風をおこして船は沈んでしまうとされている。


また、古代出雲の四大神「佐太大神」を祀る佐太神社では、ブログで「主祭神の佐太御子大神を無理矢理「猿田彦神」と同神された」と書きました。
十月にたいして四月に神在裏月祭を行っている。これは、神無月に会議に警護の都合により参加できなかった伊勢神宮の天照大神と住吉大社の住吉明神または、高良明神が、その代わりとして参集される祭りだという。


どちらも「猿田彦命」という共通点があり、九州をまわって石碑に「猿田彦命」と書かれたものを多く見かけました。
海人族との関係が考えられますしブログでも
「猿田彦」「白鬚明神」「比良明神」の正体はで書きました
宝賀寿男氏によると
猿田彦命の実体は、葦原中国(海神国・奴国)の王族、穂高見命(宇都志日金拆命)で阿曇連・和爾臣の祖であると述べられています。


私も同感です。





神社・お寺巡り ブログランキングへ


にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ
にほんブログ村


芳瑩(ほうえい)さんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

    ブログをはじめる

    たくさんの芸能人・有名人が
    書いているAmebaブログを
    無料で簡単にはじめることができます。

    公式トップブロガーへ応募

    多くの方にご紹介したいブログを
    執筆する方を「公式トップブロガー」
    として認定しております。

    芸能人・有名人ブログを開設

    Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
    ご希望される著名人の方/事務所様を
    随時募集しております。