神を招きもてなす聖地「森神社」 | 神旅 仏旅 むすび旅

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人の心は常に脚光を浴びるものに傾く。その中で本来のものを忘却していく事は歴史の中で繰り返えされてきました。日本の歴史財産である神社仏閣もそうです。巡礼をつづけると歴史の忘却したものに出会うことがある。その忘却した記憶を拾い集めています。


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森神社


住所  滋賀県高島市新旭町旭1156
御祭神 八衢比古神 八衢比賣神 久那戸神
道を守る神。八衢比古、八衢比売・久那土の三神を道祖神とする説がある。



式内社・大寸神社に比定されている神社

社伝によると、
至徳二年(1385年)大和国より勧請して産土神として奉祀。以来道祖神と称していたが、明治元年(1868年)に現在の社号に改められた。

明治九年村社に指定、大正十四年神饌幣帛料供進に指定された。
明和元年(1764年)よりのことを書いた「森村永代年表記」によると寛政四年(1792年)本殿再建・文化五年(1808年)正面石垣造営・慶応二年(1886年)拝殿再建・明治十年(1877年)鳥居建立とあり、屋根の葺替えは明治四年より十年毎に行われている。

『高島郡誌』には、「饗庭村大字旭旧森字宮脇に鎮座す。」とある
源頼光を祖とする摂津源氏流土岐氏(美濃源氏)の支流である「饗庭氏」は、美濃国大野郡相羽、近江国高島郡饗庭を本貫の地とする流れがあらわれ、相羽は饗庭、饗場、相場などに通じ用いられた。
近江の饗庭(相羽、相場)も光俊の子孫であるという。
『興地志略』に近江の相場氏は、源頼朝の近臣相場三郎、美少年六千騎を集めた花一揆を率いた足利尊氏の側近饗庭命鶴丸がこの地を領したことが比叡山延暦寺の旧記に記載されている。


相場姓の由来は、神を招きもてなす聖地に由来している
”アエバ”→神に捧げ物を奉る場所を示し、相場の”場”→古代は祭を行う広場を意味し、中世以降は宮を建てて神の鎮座地を意味するようになった。

相応と願い事が終わると神が山に帰ると場は再び平地に戻る。
しかし、しばしば神を招くので、庭をきれいに掃き清められた空閑地とし、一種の祭場の役目も果たすようになった。
ちなみに、場には、柱や神木などを配置した。
”会”、”合”、”相”→「神に会う」を意味する。

本殿の後ろには樹令1200年の霊が宿る木と言われるタブノキがある。







鳥居













本殿 拝殿


















境内左の饗庭神社










御神木のタブノキ


本殿の後ろには、御神木のタブノキ。推定樹齢は1200年。
延長5年(927)の「延喜式神名帳」では「森(大寸)神社」の名前が記されています。また明治28年(1895)の「古社取調書」の中に「森神社境内には常緑樹が生い茂り老樹はどれもが周囲二丈(6m)に及ぶ」とあり、古くからの神社であったと想像できます。現在巨木のタブノキは神木として崇められ、また新旭町の銘木の一つに数えられている。

タブノキは、霊が宿る木 とされていたことから、 「霊(たま)の木」と呼ばれ、 それがしだいに 「たまの き」→「たぶのき」 に変化していった。




















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