神旅 仏旅 むすび旅

神旅 仏旅 むすび旅

人の心は常に脚光を浴びるものに傾く。その中で本来のものを忘却していく事は歴史の中で繰り返えされてきました。日本の歴史財産である神社仏閣もそうです。巡礼をつづけると歴史の忘却したものに出会うことがある。その忘却した記憶を拾い集めています。


テーマ:
お久しぶりのブログです。

うちの母屋については
時々書いてきましたが
築130年と思っていたのですが汗
何年経っても夫婦で、築130年と思っているえー

改めて計算し直すと
築150年になるのです笑い泣き


何度もリフォームして住むことを考え
どうも無理そうなので
諦めたりの繰り返しです。

江戸末期に建てられたもので
なかなか問題点が多くて
リフォーム、リノベーションするなら
新しく建て替えた方が安くつくと
見積もりを取った業者からの答えです。汗




木は切っても生きている
宮大工さんの言葉です。
ブログ「飛騨国」でも書きましたが、今の物と違って、昔の物の方が素晴らしいことに気づき始めました。
150年何度と地震にも耐えてきたのでからね


理由は、色々あるのですが
また今回
築150年の母屋に、住むことにチャレンジしています。

それが汗
何代かのご先祖様の物から片付けから始めないといけませんので

大変です滝汗




母屋の二階を片付けていると
折れ曲がった新聞が出てきました。ポーン

先日は、明治35年のカタカナ混じりの読みにくい新聞が
長持ちに敷かれていたのですが、写真を撮るのを忘れてしまい処分しました。

今日は、昭和2年の「大正天皇大喪儀」の新聞が出てきました。
この時期に偶然でしょうか?


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「八瀬童子(やせのどうじ)」についても記載されています。
以前「八瀬童子(やせのどうじ)」について書いたのは
え〜〜〜〜っと
どこだっけ?
そうそう
葵祭 「八瀬童子(やせのどうじ)」



八瀬童子は、歴代天皇の棺を担ぐ役割
延元元年(1336)に後醍醐天皇が足利尊氏に追われて比叡山に逃れたとき、御輿に天皇を乗せて山頂まで担いだのが八瀬童子の先祖で、それ以来八瀬童子は天皇の駕輿丁(かよちょう)(輿を担ぐ人)を務めてきた。

明治天皇と大正天皇の大葬の儀にあたっては、八瀬童子が葱華輦を担ぐ習慣が復活されたが、昭和天皇の時は警備上の都合により、束帯(そくたい)をまとった皇宮護衛官が駕輿丁となり、八瀬童子は担ぎ手になることはできなかった。また、棺の移動には自動車が使われたため、葱華輦は葬場内の移動にのみ使用され、八瀬童子の代表者数名がオブザーバーとして参加するに留まった。




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代々受け継いでいく血縁
時代が変わっていっても
一般人である私たちも「ないがしろ」にしてはいけません。








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