おはようございますたいらのあたまです
新しいスタート.4月
東寺
不安や緊張 喜びや希望を胸に
いろんな気持ちが交差しながら
いざスタートと力みなぎっていますね
同じ環境の人たちも心機一転
銀閣寺
今春、6歳児は小学生になった
朝6時半には起床しないといけないので
早くも小学校が嫌いと言っている
今まで通ったスクールとは全く違う環境の小学校
早くお友達ができるといいな
年度始めに聞きたくもないだろうお兄さんの話を少々
忘れもしない2年前の11月末
深夜に突然電話がなり
お兄さんの不祥事で家から追い出されたとのこと
薄いパジャマ姿にほぼ充電のない携帯電話 所持金ゼロ 裸足
しかたなく 主人が大阪まで迎えに行き
その日以来 彼の居候生活が始まる
当時はまだ大阪に勤めていたのでアクセスの良い南の家に住み着くことになった
毎日下を向いて銅像のように固まっているので
主人をサポートに出向、一緒に暮らすことにして
私のみが家に帰るという生活を一年弱
ちょうど一年前、実は義娘が出産した
それをきっかけに
2人は少しずつ距離を縮められるようになり
兄さんが大阪に帰れる日も多くなって来たが
私たちが良かれと思った発言が彼女を傷つけたようで
私たちには以前心を開いてくれない状態が続く・・
「多分、孫には一生会えないと思うわ」
と、兄さんに言われた時は辛かったけど
遠方から嫁いできているので出産後大阪で1人で育児だけでなく
食事の支度をするのは大変だろうと一年間は夕食を作ってもたそうと
決めていた
来る日も来る日もご飯を作り
旅行の時は真空状態にしてでもご飯を作り続けた
もちろん 彼女からは一度もメッセージはない
でも拒否はしてない様子
食を囲むということは会話があってこそ
美味しいね ありがとう
ご飯食べたいから遊びに行くね などという言葉を交えるから成り立つもので
そんな一方通行のことをしてはお互いのためによくないと
友人たちは口を揃えて心配して私に助言してくれた
でも私と彼女を結ぶツールはこれしかなかったし
その絹糸のようなか細い線に繋がっていたかった
そんな料理番もちょうど先週で一年間の任務を終えた
と同時に風邪をひき寝込む毎日
一年半経ってお兄さんファミリーは前を向き出している
お誕生会に我が家に帰ってくると言うので
一年半ぶりにみんなが集まりお祝いをした
子供達の成長を祝える夢のような幸せな時間
1歳児のためにケーキを作って
イースター時期でもあるので彼女の好きな
復活祭のパテを作ろう
温野菜のサラダやイチゴのクラフティなど
菜の花とベーコンのペンネ
彼女は私に一年間健康でいさせてもらったことのお礼を言ってくれた
ただただ嬉しかった
こんな日がまた以前のように続きますように・・