いとこが来社した話の続きです
文字ばっかりになりました、読みにくいと思います
いとこ「今日、聞きたかったのは、おっちゃん(親父の事)はどうして農業に目をつけたの」
親父「それはな・・・・」
ここからは、親父の独自の考えになります
(実態とあってるかはわかりません)
少しお付き合いください
親父「日本の農家を語るには戦後の農地解放が大きな起点になる、これまでの小作人が土地を持つことで農家になった、しかしできた農家は大農家でなく小規模な農家が多かった、小さい農家がいっぱいできた」
親父「戦後は食料不足、今年米騒動とか騒いでるけどそれどころじゃない、闇市で何倍もの値段で取引されてた、だから当時の農家は金もあって食べるものもあって良い職業やった」
この辺は実体験もあるようです
そういえば、1946年の南海トラフも経験してるので、地震の話もします
(住んでる家が倒壊したそうです)
商売だったら、バブルの前にオイルショックの話をします
親父「その時のせいで、農地に縛られる人が多数できた、農産物の値段が下がるにつれ生活は苦しくなったが小作の経験・戦後の経験があるから農地に縛られた」
親父「戦後の人は農地に縛られて生活が苦しく、自分たちの子供に農家を継がせるのを躊躇した、ただご先祖様からは農地は大切やから手放すなと言われて育った」
親父の田舎では田んぼを持ってないと、村で下に見られたそうです
親父「その結果、農業の後継者が不足、なのに農地の流動性はない状態や」
いとこ「それと農地の購入はどうつながるの」
親父「今、農地を買うには農業委員会の許可がいる、その前に農業に従事するための適格証明が必要や、わしは適格証明を持ってるけど新規でとるのはハードルが高い」
親父「政府は補助金をだして就農支援をしてるのは知ってるか」
いとこ「知ってる」
親父「就農支援で農業をやる場合、農地は借りてるケースが多い、所有はしてない」
(いきなりは農地は買えないので)
いとこ「知り合いの就農支援の人も農地は借りてやってる」
親父「就農支援の補助はわしの知ってる行政区は年間で150万、それで農地を借りて安い農作物を作っても儲からん、やる気のある人には農地を渡さんといかん」
(親父の感覚では就農支援で農業を始めて、農家になるのは20~30%くらい)
いとこ「・・・・・」
親父「農家は食費がかからんっていうけどな、1人が年間に消費する米の量は50キロや、米の値段は1キロで300円から500円、300円やったら年間で1万5千円や、その辺で働いた方が食べるものに困らん状況や」
親父「大人が1日か2日働いたら1年間分の米が買えるんやぞ、誰が農業するねん、おかしくないか、なんで米は安いんや」
いとこ「国の政策とか」
親父「単純に供給の方が多いからや、そしてシワ寄せは農家にきてる、土地を持つのは大変、儲からん」
親父「更に世界的な異常気象、米の輸出に規制をかける国(インド)がでてきた、米の販売で海外のイオンの社員が逮捕された、日本は就農労働者の減少、あとな米は水が大量にいる米を作れる国・範囲は限られる」
(水がない場合は小麦がメインになると言ってます」
いとこ「それで」
親父「どっかで農業の転換点ができる、その時に勝負できるように準備してるんや」
私は何回もこの持論を聞いています
親父「値段が上がらんのはお米と1ルームの家賃、でも米の値段はあがってきた」
親父「みんなお米の値段は上がらんと思ってた、供給量が減れば上がるのは当たり前やないか、でも食べるものは買わないとあかん、それだけ農業は大切な産業や」
親父「農地を持ってたら、こいつ(私の事)、その下(孫)の代のどこかで勝負できて儲ける事ができる、今はまだ農地買う人は少ない、今だと安く買える」
(1反(300坪)を数十万で購入してます)
いとこ「おっちゃんはやっぱり凄い」
褒めちゃ駄目ですよ、実務をしてる私は大変でるから
(今、農地法の3条申請を田んぼ3枚分作成してます)
親父「しかもな、この暑さのせいもあって外で仕事ができない、わしが思ってるより日本の農家の痛み具合がはやい、早急な対応が必要やで」
一応、農家の先行きは憂いています
最近の農家の取組や明るい話題も少ししてました
・・・・・・・
まだまだ、いっぱいしゃべってますが書くの疲れました
(だいぶ、制限して書いてます)
これが親父が農地を購入する理由
現在は、約10万㎡超の田を所有しています
(費やしたお金と時間も半端ないです)
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